戦略人事コラム

経営資源の実践的コンセプト「ケイパビリティ」

作成者: 髙橋 宏誠|2024/10/29

戦略人事を実行するためには、人事担当責任者と経営者は同じ言葉でコミュニケーションをとり、企業経営について共通認識を持つ必要があります。
本コラムでは、次の2つの重要なキーワードを用いて、経営資源の実践的なコンセプトである「ケイパビリティ」を説明します。

  1. コア・コンピタンス(​ 他社が容易に模倣できない核となる能力)※ケイパビリティとの対比として
  2. SBU(戦略的事業単位:戦略立案・実行のための事業単位)※ケイパビリティに基づく戦略で利用

筆者は、1990年後半から、人事制度を戦略の実現手段として構築できないかという打診や依頼に応え、以来30年近く、「戦略人事」に関わってきました。古くは、日本発の「方針管理」を目標管理に結合するという戦略的方針管理という手法、次に、当時所属していたヘイグループ、現コーンフェリーが提携した会社が推進しているバランスドスコアカード(BSC)という手法を含め、様々な取り組みを実施してきました。現在は、運用負担が大きくなりがちなBSCではなく、顧客企業の事業特性や組織の状況に合わせた方法にて戦略人事の構築を様々な形で支援しています。

1. ケイパビリティとは

ケイパビリティとは、BCG(ボストンコンサルティンググループ)が提唱したコンセプトで、企業の「組織としてのさまざまな能力」を言います。

ケイパビリティは戦略遂行において重要な役割を果たし、企業の持続的な競争力を高めるための不可欠な要素となっています。

ケイパビリティの具体例

バリューチェーン別
  開発 生産 マーケティング 販売
主要機能

・開発人員
・開発スピード

・生産ライン数
・生産能力
・製品市場管理能力 ・直販営業の質
・営業拠点数
・営業員数
組織 意思決定のスピード、情報共有化のレベル
人材 問題発見力、目標実現力
技術 特許、システム構築方法論
財務・経理 資金調達能力、製品価格設定力(原価企画等)
レベル別※
レベル
スキル・ケイパビリティ 商品開発力、生産技術、企画力
プロセス・ケイパビリティ 情報システム、業務フロー、コミュニケーション
プラットフォーム・ケイパビリティ 企業文化、意思決定システム、業績評価システム

出典ボストンコンサルティンググループ「ケイパビリティ・マネジメント」プレジデント社から編集

※ レベル別ケイパビリティを商品の納期短縮が競争力に直結する企業で説明する場合、次のようになります。

まずは、納期短縮を可能とする商品開発力や生産技術のような「スキル・ケイパビリティ」があり、短期的な競争優位性に関わります。

次に、そのようなスキルを支えるべく工夫や仕掛けが施された業務フローや情報システムのような「プロセス・ケイパビリティ」があり、中期的な競争優位性に貢献する要素です。

さらに、それらを企業の組織能力として生かすためには、商品の納期短縮が重要なテーマだという共通認識が必要となりますが、それは企業文化とも言うべきものであり、その迅速性を業績評価としてとらえる仕組みが必要となってきます。それらを「プラットフォーム・ケイパビリティ」と呼び、長期的な競争優位性の基盤となる要素です。

ホンダの事例でみるコア・コンピタンスとの違い

オートバイから自動車などに拡大していったホンダの事例をコア・コンピタンスという側面からだけ見ると、その成功要因は同社のエンジンと動力伝達装置ということになります。しかしながら、それだけだとホンダが20年間という短い期間で広範囲の事業に参入し、そして成功してきた理由を説明できません。

ホンダのこのような成功事例に寄与した大きな要因として、次の2つのケイパビリティを挙げられます。

1. ディーラー管理能力
ホンダを競合他社から区別するものの一つは、ディーラー管理の上手さです。具体的には、販売、サービスのための実行手順と方針に関してディーラーを訓練し、支援する能力といえます。これら一連の業務プロセスは、最初はオートバイ事業のために開発されたものですが、その後新規参入事業にも適用されています。
2. 迅速な製品開発能力
もう一つのケイパビリティは、製品をスピーディに実現化するスキルです。通常、製品開発においては、企画製品のテスト、プロトタイプの制作、新製品導入のための工場建設という一連のプロセスがありますが、それなりの時間と資金が必要となります。ホンダはこうした通常のプロセスを変更し、開発から発売までの時間を大幅に短縮しました。それによって、コストやリスクも小さくすることができたのです。

このように、コア・コンピタンスがバリューチェーン上の特定の技術と生産の専門性を強調しているのに対して、ケイパビリティはより広い範囲をカバーしており、バリューチェーン全体を包含する場合が多いのです。

2. ケイパビリティに基づく戦略

ケイパビリティに基づく戦略とは、戦略の外的側面、すなわち、市場における競争上の地位とそれにもとづく競合優位性に加え、組織の能力としての優位性という戦略の内的側面を統合するという考え方です。

ケイパビリティに基づく戦略では、戦略を支える要素は業務プロセスそのものと考えますので、自社の鍵となる業務プロセスを、優れた価値を顧客に継続的に提供するケイパビリティにいかに変換できるかにかかっていると考えます。そして、ケイパビリティを活用するには、複数のSBU※や機能を横断した戦略的投資による体制作りが必要なことがあります。その場合は、ケイパビリティを向上させることに全社的な関心を向けさせ、ケイパビリティを左右するインフラへの投資の方向や方法を決定できるトップマネジメントにスポンサーになってもらうことが必要です。

KFSにもとづく事業戦略※では、資源の集中的投入、企業買収・提携などさまざまな手段があるため、比較的短期間に競合に模倣される可能性が高いといえるでしょう。しかし、ケイパビリティの場合は、競合が同様のケイパビリティに着目しても、模倣するには最低でも数年間を必要とすると考えられています。

※ SBU(戦略的事業単位)とは、通常の事業単位とは異なり、戦略立案・実行するための事業単位です。たとえば、シャープはかつて電卓を他の事業と切り離して戦略的事業単位とすることで、電卓シェアを大きく伸ばしました。これは、その後の液晶事業での成功要因の一つとも見なされています。

※ KFS(重要成功要因)に基づく戦略とは、特定の業界や市場において成功を収めるために重要な要素を特定し、それを基盤に策定する戦略であり、一般的に、マーケットシェアの拡大や売上成長など、目に見える短期間な成果を速やかに達成するために用いられます。

3. 差別化余地が大きい5つのケイパビリティ

ケイパビリティのうち、未だ差別化余地が大きく※、環境変化の激しい業界において特に重要となる「組織学習能力」「例外的現象から事業機会を発見する能力」「事業責任者の経営能力」「ニーズウォンツ把握力」「迅速対応力」の5つのケイパビリティに着目します。

差別化余地が大きいケイパビリティをニューケイパビリティといいます。逆に、すでに多くの企業が高いレベルに到達しており、差別化余地が小さくなっているケイパビリティを成熟ケイパビリティといい、「コスト管理力」「品質管理力」「納期管理力」などが該当します。

1. 組織学習能力

組織学習能力は「組織の進化」「社員がノウハウを共有化する仕組み」そして「メンバー同士の相互作用から新しい知識が創造される仕組み」の3つの側面から捉えられる組織に備わる学習能力です。

2. 例外的現象から事業機会を発見する能力
例外的な現象に潜んでいる顧客の真のニーズと自社の新しい事業機会に着目し、すでに自社で行われていることを本格的に展開する能力です。
3. 事業責任者(役員)の経営能力
経営能力とは、事業責任者の場合、経営理念や企業ビジョン、そして事業全体の最適化を実現する能力です。役員の場合は、事業戦略の立案能力、事業の長期的なビジョンを描く能力などです。
4. ニーズウォンツ把握力
顧客は認識しているが企業が見落としがちな顧客ニーズを把握する能力です。この能力を発揮した例として、複写機に着目して紙詰まりしにくいコピー用紙を開発したコピー用紙メーカーが挙げられます。
5. 迅速性
例えば、開発リードタイムを3年から1年に短縮した場合、1年後の顧客ニーズを予測すれば良いことになるので、より確実に顧客ニーズにマッチした商品を開発できます。

詳細は「差別化余地が大きい5つのケイパビリティ」で説明しています。

まとめ

ケイパビリティとは、企業の「組織としてのさまざまな能力」を指す概念で、企業が戦略を遂行する上で重要な役割を果たし、持続的な競争力を構築する上で不可欠な要素となっています。

具体的には、ケイパビリティは企業のバリューチェーンにおける開発、生産、マーケティング、販売などのプロセスや、組織の意思決定のスピード、情報共有のレベル、人材の問題発見力や目標実現力、技術的な特許やシステム構築方法論、財務・経理の資金調達能力や製品価格設定力など、多岐にわたる能力を含みます。

ケイパビリティは、企業が持続的な競争優位性を確保するために、これらの能力をどのように組み合わせ、活用するかが重要となります。これにより、企業は市場での競争上の地位を強化し、顧客に優れた価値を提供し続けることが可能になります。

 

参考文献:
ボストンコンサルティンググループ, 1994,『ケイパビリティ・マネジメント: 競争に勝つ組織能力』, プレジデント社
髙橋宏誠, 2010, 『企業価値を高める事業戦略がわかる 戦略経営バイブル』, PHP研究所