このコラムでは、企業が人材を最優先に考える、「人材ファーストの企業戦略」とは何か、それがどのようにして企業の成功に寄与するかを掘り下げます。
「人材ファーストの企業戦略」とは、企業が優れた人材を最も重要な資源と位置づけ、その確保、育成や活用に重点を置く戦略です。
「人材ファーストの企業戦略」というコンセプ トは、マッキンゼーとコーンフェリー(組織人事分野の世界トップコンサルティングファーム)が共同して構築し、2018年、“Talent Wins(タレント・ウィンズ)”、Harvard Business Review Pressにて紹介されました。
短期間で企業価値を爆発的に成長させたグーグルやフェイスブックなどのテクノロジー企業の成功要因の一つは、個人とチームの自律性を最大限に発揮させ、イノベーションを生みだすユニークな人材マネジメントにあることが明らかになった。また、近年急速に進化してきたHRテクノロジーは、組織と人材の「見える化」を可能にし、人材施策の効果を測定することができるようになった。「人材」は目に見える成果を生み、企業はすぐれた人材マネジメントによって次元の異なる成長を生みだせることが明らかになったのである。
—ラム・チャランほか, 2019, 『Talent Wins(タレント・ウィンズ) 人材ファーストの企業戦略』
この戦略では、経営トップが人材の総責任者となり、資金配分と同様、優れた人材の配置を行います。
人材ファーストの企業戦略とは、優れた人材を最優先に考えることで競争に打ち勝ち、企業の成長と成功を促進することです。
人材ファーストの企業戦略を実施することで、優れた人材を確保し、その能力を最大限に活かすことができます。
人材ファースト戦略の重要性は、以下の点にあります。
残念なことに、日本の企業はこの「人材ファースト」の経営からかけ離れたところにいます。
終身雇用や年功序列など、「日本的経営」は、低収益を改善できないままです。また、多くの日本企業が人件費の抑制を主眼として「成果主義」の人事制度を導入した結果、社員の組織に対するロイヤルティとモチベーションを大きく壊してしまいました。
私がかつて在籍したヘイグループ(現コーンーフェリー)が実施してきた社員エンゲージメント調査によれば、2010年以降、日本企業の社員エンゲージメントは世界平均より一貫して低く、その差は近年さらに拡大しています。
だからこそ、「人材ファースト」は日本企業にとって大きな意味を持ちます。
「人材ファースト」には、日本企業の成功に寄与する3つの特徴があります。
従来の財務と事業戦略を優先させる方法では、グローバルな競合に追いつくことは難しく、すでに生じた大きなギャップを埋めることはできません。このため、「人材ファースト」を実現するためには、革新的な戦略の設計とその実施が必要となります。
特に重要なのは、平均的な社員の何倍もの価値を生み出す「スーパー・ハイパフォーマー」を見つけ出し、その才能を最大限に発揮できる最適な場所に配置するプロセスを経営の中心に据える戦略的人事です。これにより、組織は大きな成果を生み出すことができます。
「人材ファースト」は日本人が無意識に前提としている従来の組織・人材マネジメントを問い直し、変革の方向性を再構築します。
効率的な管理を行うために階層と機能で設計され、内部公平性を貫徹させた日本企業の組織では、外部の変化への柔軟な対応と迅速な意思決定、そして異能な人材の外部からの取り込みは難しいものです。
しかし、単に階層を減らして組織をフラットにし、既存のポストに外部人材を採用しても本質的な解決にはなりません。
取り組むべきは、「外部環境の変化に対応し、人材がその能力を存分に発揮して新たな価値を生みだすことができる組織と人材のマネジメント」を実現することです。
たとえば、
このように、人材をコントロールするのではなく、その能力を解き放つ、という視点から現行の組織と人材マネジメントの課題を再確認し、変革の方向性を見直すのです。
経営陣のマインドセットや行動は大幅に変化する必要があります。
たとえば、戦略や数字よりもまず人材を最優先に考える姿勢への転換が求められます。経営の最重要事項として人材について議論し、意思決定は常に人材への影響を最初に考えることが必要です。
また、組織内のインフォーマルなネットワークや人間関係を理解し、高い成果やボトルネックの原因を把握するために、組織への感度を高めることも重要です。
さらに、テクノロジーの進化や業界の垣根が消えつつある現状を迅速に捉え、業界内外から自社に適した優れた人材を見つけるため、視野の大幅な拡大も必要となります。
こうした経営陣の思考と行動をサポートするためには、人事部門も新たな能力を獲得する必要があります。それは、「人材を継続的に価値創造に結びつけ、事業に実質的なインパクトを与える能力」であり、従来の人事管理の事務処理能力とは全く異なるものです。
以下にその一例をご紹介します。
財務と人材両方の視点を統合した経営意思決定を行うため、CEO、CFOとCHRO(最高人事責任者)によるチームを設置しています。
コーポレート・ガバナンス・コードが策定、改定されてきた結果、日本企業の取締役会にも、欧米企業の取締役会と同様、経営の大きな方向性を定める戦略的機能をはたす役割が求められています。
取締役会が、「人材ファースト」の本質を理解し、経営陣の取り組みを積極的に支援することによってこそ変革は加速するのです。
その最初のステップとして、最近では、執行役員を置くだけにすぎなかった人事責任者の立場を取締役に格上げする企業が増えてきています。
先進企業では、優れた人材を確保するために、以前より採用プロセスに力を入れています。候補者の能力や経験だけでなく、ポジションへの適合性や成長ポテンシャルの科学的なアセスメントを行い、仕事のできる人材を採用しています。さらに最近では、スーパー・ハイパフォーマー人材を育成するため「サクセッション・マネジメント(経営後継者育成制度)」を構築する企業も増えてきています。
「外部環境の変化に対応し、人材がその能力を存分に発揮して新たな価値を生みだすことができる組織と人材のマネジメント」を実現できる新しい組織と新たな人事制度、そして人材の獲得や能力強化に必要となるHRテクノロジーの整備が進められています。
「人材ファーストの企業戦略」は、優れた人材を最重要資源と位置づけ、企業の成長と競争力を飛躍的に高める戦略です。
この戦略はグーグルやフェイスブックの成功要因としても注目されています。
日本企業が持続可能な成長を遂げるためには、従来の経営モデルから脱却し、人材を中心に据えた経営が不可欠です。
経営者は、財務と人材の視点を統合し、戦略的な人材マネジメントを実践することで、企業の未来を切り拓くことができます。
参考文献:
ラム・チャランほか, 2019, 『Talent Wins(タレント・ウィンズ) 人材ファーストの企業戦略』, 日本経済新聞出版