戦略人事を実行するためには、人事担当責任者と経営者は同じ言葉でコミュニケーションをとり、企業経営について共通認識を持つ必要があります。
本コラムでは、次の2つの重要なキーワードを用いて、戦略的資源を評価するためのVRIOフレームワークを説明します。
筆者は、1990年後半から、人事制度を戦略の実現手段として構築できないかという打診や依頼に応え、以来30年近く、「戦略人事」に関わってきました。古くは、日本発の「方針管理」を目標管理に結合するという戦略的方針管理という手法、次に、当時所属していたヘイグループ、現コーンフェリーが提携した会社が推進しているバランスドスコアカード(BSC)という手法を含め、様々な取り組みを実施してきました。現在は、運用負担が大きくなりがちなBSCではなく、顧客企業の事業特性や組織の状況に合わせた方法にて戦略人事の構築を様々な形で支援しています。
VRIOフレームワークとは、戦略的資源を評価・特定するための強力なツールです。この手法を用いることで、企業が保有する経営資源がどの程度競争力がある資源かを評価できます。
企業が継続的な競争優位を築くためには、経営資源の適切な評価と活用が不可欠です。特に、変化の激しい現代のビジネス環境では、資源の特性を深く理解し、それを競争力に結びつける戦略が求められます。
本記事では、このVRIOフレームワークの実践的な活用法を解説します。
VRIOフレームワークは、「経済価値(Value)」「希少性(Rarity)」「模倣困難性(Imitability)」「組織(Organization)」の4つの要素から成ります。
経営資源が経済価値を有するかどうかは、その経営資源の企業業績にたいするインパクトで計れます。企業がその経営資源を保有していることで、外部環境における脅威や機会に適応し、コストを減少させるか、あるいは売上げを増大させる場合には、その経営資源は経済価値があり、逆にそうではない場合は、経済価値が無いということになります。
例えば、ソニーの超小型製品の設計・製造技術は、製品をどこでも使用したいという顧客ニーズに適応して、ウォークマンやハンディカムなどの市場を開拓し、大きな成功を収めました。
ある経営資源が競合他社に広く保有されていない場合※、その資源は希少性があるといえます。経済価値があり希少である経営資源は、少なくとも一時的な競争優位の源泉になり、それを持つ企業は先行者優位を獲得できます。逆に、広く普及している経営資源では、仮に経済価値があったとしても競争均衡の源泉にしかなりません。
※ 広く保有されていない場合とは、その経営資源を保有する企業の数がその業界を完全競争の状態にするほど多くない場合です。
その経営資源を保有しない企業がその経営資源を獲得するのが困難な場合※、その経営資源は模倣困難性があるといえます。経済価値があり希少であり、かつ模倣困難な経営資源は持続可能な競争優位の源泉となりえます。
例えば、サウスウェスト航空の企業文化やブランド・ロイヤルティは、模倣が困難な資源の代表例です。文化やブランドが成功の鍵となる場合、その因果関係が曖昧であればあるほど、模倣は難しくなります。
※ 模倣が困難とは、その経営資源を保有しない企業が、その獲得においてコスト上不利になる場合です。
具体的には、以下にあげる4つの特徴のどれか一つを備えていればよいとされます。
競争優位を実現するためには、その企業が経営資源を十分に活用できるように組織されていなければなりません。したがって、自社が保有する経営資源がその戦略的なポテンシャルをフルに発揮できるような仕組みがあるかが重要です。
「組織」の主な要素としては、命令・報告系統、業績管理システム、報酬制度などがあります。
下記テーブルは、VRIOフレームワークを用いて経営資源を評価し、その競争力や強み・弱み、パフォーマンスへの影響を示したものです。
資源 | 競争力 | 強みか弱みか | パフォーマンス | |||
経済価値 Value |
希少性 Rarity |
模倣コスト Imitability |
組織 Organization |
|||
× | 競争劣位 | 弱み | 標準より低い | |||
○ | × | 同等 | 強み | 標準 | ||
○ | ○ | × | 一時的競争優位 | 強み | 標準より高い | |
○ | ○ | ○ | ○ | 持続的競争優位 | 強み | 標準より高い |
出典:J・B・バーニー『企業戦略論【上】基本編』
ここで、自社の経営資源を他社のそれと比べる際、自社資源をどれくらい細分化して検討したらよいのかという問題がでてきます。わかりやすい例としてレストランの経営資源を考えた場合、顧客に喜びを与えるサービスを分解すると下記図のように分解できます。
■レストランの経営資源
このように分解して初めて自社の経営資源を明確に把握することができます。
ただし、有益な資源が複数のスキル(資源)の集合体であり、それらすべてを組み合わせて初めて優位性が発揮される場合もあるので、資源を細分化する際は注意が必要です。
下記図はVRIOフレームワークをデル・コンピュータに適用した場合です。
■VRIOフレームワークの適用例(デル・コンピュータの場合)
出典:J・B・バーニー『企業戦略論【上】基本編』
まず、デルは購買において一時的な競争優位をもっており、この優位性は、いくつかの要素からなっています。デルは部品サプライヤーにとっては重要顧客であり、大量購入により価格割引のメリットを得ています。それも、(2000年代初頭時点で)世界で一番大量のロットをコミットして購入しているとされます。
デルの競争優位として重要なのは、同社が購買機能を管理する方法です。デルは製造活動にちょうど必要な分だけを購入し、サプライヤーには工場まで一日に何度も配送させています。このように、部品の在庫コストを自社からサプライヤー側に移転させているのはPC業界ではめずらしく、希少といえます。しかし、この方法は標準的な手法になりつつあり、一時的競争優位の源泉とは言えても、模倣は可能と思われ、持続的競争優位の源泉とは考えられません。
一方、デル自身による製品の組み立ては、持続的競争優位の源泉である可能性があります。デルは相当数のオプションの組み合わせを持つ、カスタマイズされたPCを組み立てているにもかかわらず、細部へのこだわり、スピードと効率、そしてすぐれた品質を備えています。デルは組み立て活動に関して200を超える特許を持っており、それらの特許は統合された生産システムの一部に組み込まれているため、模倣コストは大きいと考えられるのです。
さらに、デルのプロセス改善に対する取り組みは企業文化の中に深く根ざしており、デルの製品組み立て活動は、価値があり、希少で、模倣コストが非常に高く、したがって持続的競争優位の源泉と考えられます。デルの電話とインターネットによる販売やサポートも、顧客に高い評価を受けています。仮に競合他社がデルに追いついたとしても、デルは依然としてこの競争優位を維持し続けるでしょう。
VRIOフレームワークを用いることで、企業が保有する経営資源の価値、希少性、模倣困難性、組織的活用を評価し、競争優位性を図ることができます。
経営資源が複数のスキル(資源)の集合体であり、それらすべてを組み合わせて初めて競争優位性が発揮される戦略的資源となる場合もあるので、経営資源を評価する際は、その資源をどこまで細分化して評価すべきかを慎重に検討する必要があります。
参考文献:
J・B・バーニー, 2003,『企業戦略論【上】基本編 競争優位の構築と持続』, ダイヤモンド社
髙橋宏誠, 2010, 『企業価値を高める事業戦略がわかる 戦略経営バイブル』, PHP研究所