戦略人事コラム

戦略人事を考えるヒント

作成者: 髙橋 宏誠|2024/09/11

本コラムでは、実際に事業戦略に応じて人事制度を考えるとはどういうことか、いくつかの代表的な戦略のフレームワークに従って説明します。

筆者は、1990年後半から、人事制度を戦略の実現手段として構築できないかという打診や依頼に応え、以来30年近く、「戦略人事」に関わってきました。古くは、日本発の「方針管理」を目標管理に結合するという戦略的方針管理という手法、次に、当時所属していたヘイグループ、現コーンフェリーが提携した会社が推進しているバランスドスコアカード(BSC)という手法を含め、様々な取り組みを実施してきました。現在は、運用負担が大きくなりがちなBSCではなく、顧客企業の事業特性や組織の状況に合わせた方法にて戦略人事の構築を様々な形で支援しています。

1. そもそも戦略人事とは

戦略人事とは、「経営戦略に沿った人事戦略及びその他の人事施策」を意味します。

戦略人事と通常のオペレーション人事との大きな違いは、下記の3つになります。

  • 戦略人事は事業戦略と組織をリンクさせる
  • 戦略人事は企業の未来(ビジョン)と組織をリンクさせる
  • 戦略人事は「数字」と組織をリンクさせる

2024年現在、戦略人事の重要性を認識している企業は9割に至りますが、6割の企業は戦略人事に取り組めていない状態です。この原因の一つは、戦略人事を実践するための知識や経験が不足していることです。

戦略人事の詳しい解説は、「 戦略人事の意義と現状 」をご参照ください。

本コラムでは、代表的な戦略フレームワークであるPLC(プロダクト・ライフ・サイクル)、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)がどのように人事と関係するか、および戦略を着実に遂行して成果を出す上で留意すべき、組織・人事に関連する制約について説明します。

2. PLC(プロダクト・ライフ・サイクル)と人事の関係

PLC(プロダクト・ライフ・サイクル)とは

PLCとは、一つの製品について開発(揺籃期)から市場への投入(生成期)・成長・成熟・衰退に至る資金(キャッシュ)と利益の動きを描いたものです。

人事との関係

揺籃期から生成期

揺籃期では、まだ売上がないものの、経営資源をいろいろと調達し活用することになります。製品を開発し生産するのに必要な資金や人材や設備だけでなく、マーケティングや営業体制についてもある時期までに立ち上げていくことが必要となります。

生成期では、売上は立ち始めるものの、生産体制も営業体制も試行錯誤が続きます。また、販管費も大きくかかるようになるので、収支は損失が続くことになります。

<人事との関係性>

揺籃から生成までの段階の人材は、決まったことをいわれたとおりに実行するわけにはいかないので、自分で考えて動くことができる資質やスキルが必要となります。特に管理職や役員には、先がはっきりみえない状況でも、ゴールを明確に提示するリーダーシップが求められます。

成長期

成長期に入ると、マーケットそのものを規模的に拡大させるか、あるいはマーケットシェアを拡大させるため、追加の経営資源の投入が必要になることが一般的です。例えば、生産拠点の拡充や営業担当者の増員、さらには在庫や資金の増加も予想されます。同時に、この段階では量産効果を発揮するための仕組みが欠かせません。この仕掛けがないと、初期投資がいつになっても回収できないことになってしまいます。またこの時期には、業務の標準化やスキルセットの確立が進み、仕事のやり方も安定してくるものです。

<人事との関係性>

したがって成長期には、確立された枠組みの中で効率的に仕事をすることができる人材が必要となります。採用や教育・配置にもそうした視点が不可欠になってきます。また、管理職には、仕事のやり方を組み立てて組織化するスキルが必要となります。

成熟期

成熟期になると、追加的な投資はあまり必要なくなり、変動費(原材料費など)は増えるとしても固定費は増えないので、利益が確実に見込めるようになるはずです。

<人事との関係性>

そうなるように事業運営をすることが役員や管理職には要請されるわけです。こうして得られた利益は、社員にも分配されることになりますが、その貢献度を評価することも管理職にとって重要な仕事となります。

衰退期

衰退期は、成熟から再生への切り替えが順調に進めば(例えば次の製品を開発してすでに成長軌道に乗せているなど)、明確に認識されることなく、一種の踊り場として通過してしまう段階かもしれません。実際に売上や利益が減少しはじめると、再生に向けた具体的な効果が現れるまでの段階として認識されることになります。

<人事との関係性(無し)>

この段階は、戦略も人材も組織も、そして人事制度も、成長期や成熟期までのものと変わっていないがゆえに、業績の落ち込みが現実のものとなっているともいえます。この時期にふさわしいマネジメントや人事制度というものはあり得ず、次の再生期で大きな改革が行われることになるのです。

再生期

再生期は、いわゆるリストラクチャリング(事業の再構築)の実行が必要となる段階です。

<人事との関係性>

この時期は、これまでのリーダーシップとは明らかに異なるものが必要となります。つまり、成長や利益に向けて何かを付加するマネジメントから、不要なものを見切って削減するマネジメントに方向が大きく切り替わるからです。

ビジネスの発展段階に応じて必要な人材の要件も異なれば、組織の在り方も変わるし、必然的に設計・運用すべき人事制度も変わってくるわけです。

例えば、成長期にある企業であれば、人材を次々に採用・登用して、「器が人を作る」ように、より大きな責任を持つ仕事に挑戦させることができます。そこでは、昇進のスピードで格差が出てくるような処遇体系を運用することができるし、その結果として社員のモチベーションを高めることもできるのです。

しかし、再生期にある企業では、成長期と同じ人事体系を維持することはできないものです。この時期には、まずマネジメントを入れ替えたうえで、人事制度の面でも人材の入れ替えを促すようなプログラム(早期退職優遇制度、戦略的に必要な人材の中途採用、他社の買収に伴う人事制度統合など)が必要とされます。そして、戦略も組織も改革しながら、人事制度の改革を進めていくことになります。再生そのものが成功するかどうか分からないものである以上、報酬制度は、ストックオプションのようにすぐにコスト化せずに長期で成功報酬を現実化していくものが必要となります。

このように、事業のライフサイクルに応じて人事制度の改革をタイミングよく進めていくことは、人材や組織体制も並行して改革していくことになり、事業戦略を実現することにつながるわけです。

3. PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)と人事の関係

現実の企業は、必ずしも一つの製品やサービスだけを提供しているわけではありません。現に展開している複数の事業や製品は、 PLCの異なる段階に存在し、それぞれをどのような方向にもっていくのかが問われることになります。そこで利用されるのがPPMというフレームワークです。

PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)とは

PPMとは、自社の持つ複数の事業や製品をどのようなバランスで持っていて、今後どのように全体として展開していくのかを可視化するためのフレームワークです。

PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)

PPMの活用例

  • 自社の製品が市場においてどのような位置付けにあるのかを明確にしたうえで、そのポジションにあった競争戦略を考える
  • 個々の製品についてどのような競争戦略を採るべきかを考える
  • 製品全体(事業全体)のバランスをみて個々の製品の方向性を検討する

人事との関係

PPMはあくまでモデルにすぎません。実際には企業にはいくつかの事業ポートフォリオがあり、そして事業毎に製品市場戦略があるはずなので、全社にわたる人事制度そのものを事業戦略毎に構築するのではなく、人事制度の運用を変化させることになります。

直接的に影響を受けるのは評価基準です。特に目標管理制度を導入している場合には、いくつかの目標の内容やプライオリティ、達成すべきレベルは事業戦略によってまったく異なるはずです。

賞与についても、事業の置かれている状況によって支給額も支給基準も変わってきます。さらに、人材の配置、教育や採用・退職もどのような製品市場戦略を採るかによって大きく変わります。

中長期計画で最近よく散見され、しかも、実行されても不徹底な場合が多いのが、ポートフォリオ変更の問題です。高収益化が必要な日本企業にとっては重要であり、いかに本気で取り組むかが勝敗の分かれ目です。そして、ポートフォリオの変更を実行するのがヒトである以上、彼らをドライブするための評価基準、即ち人事評価制度が重要です。

4. 戦略類型と人事の関係

戦略は市場との関係だけで決まるわけではないですし、競争だけが戦略の内容でもありません。戦略の現実的な意味合いは、いかに他社との違いを打ち出して、独自のポジションを確立して収益を上げていくかということにほかなりません。

そこで通常、製品・市場の特性と他社との違いの打ち出し方から、戦略をイノベーション戦略、効率化戦略、顧客ロイヤリティ戦略、市場拡大戦略の4類型に分類します。

人事との関係

それぞれの戦略を実行しようとすれば、強化すべきポイントが異なってきます。下記テーブルは、各戦略を実行するために強化すべき組織の機能、そして求められる組織・人材のあり方を示したものです。

  強化すべき機能 組織・人材のあり方
イノベーション戦略
  • 先進的な製品・サービスによる高付加価値化
  • 研究開発機能の強化
  • プロジェクト型組織
  • 裁量労働制
  • オフィスレイアウトの工夫
効率化戦略
  • プロセスの効率化による低コスト化
  • 組織や個人の価値観・行動様式まで落とし込む
  • 評価基準は現状と比較した改善の度合いを見る
  • 改善へのインセンティブ
  • 学習し続ける組織への仕掛け
顧客ロイヤリティ戦略
  • 顧客との密接な信頼関係の確立による高付加価値化
  • 顧客満足度の重視
  • 顧客に直接接する社員のスキルアップを促す評価制度・賃金制度の構築
  • 採用と教育において自社の強みを強化する取り組みが必要
市場拡大戦略
  • 規模の利益による低コスト化
  • マーケティング機能とタイミングよく販売する機能
  • 成長をバックアップするフレキシブルな仕組み
  • 固定費ではなく、変動費で成長をサポートするための人事が重要

5. 経営資源の制約と人事制度改革

戦略にリンクした人事制度があるだけでは戦略を遂行できません。戦略を着実に遂行し、そして成果を出すためには、人材や組織体制の整備も同時並行で進める必要があります。

下記3つの制約は、戦略を遂行する上で特に意識すべき(人材・組織体制に関する)制約です。

制約1:人材(戦略遂行には適切な人材が必要)

例えば、これまでは戦略として意識するしないにかかわらず効率化戦略をとってきた企業が、いきなり顧客ロイヤルティ戦略に転じても遂行できません。

なぜならば、そもそも顧客ロイヤルティ戦略を実現するレベルのサービスを顧客に提供できる人材が存在しないからです。

社内では見当たらないからといって、外部から採用するにしても、効率化戦略になじんだ多数の社員の間では、少数の外部採用者だけではなかなか機能しないものです。

業務を標準化して効率を向上させるというマインドと、顧客一人ひとりのニーズの一歩先を行くサービスをしようとする動き方では、求める人材の資質や適性がまったく異なるからです。

といって、人材を入れ替えるには少なからぬ資金が必要となります。早期退職優遇制度における割増退職金はもとより、社内の人材を配置転換したり、新たな成果に向けて動き方を変えたりするにもトレーニングなどのコストがかかるし、外部から即戦力の人材を採用するにも採用コストがかかります。

制約2:組織・業務体制(戦略遂行には適切な組織・業務体制が必要)

人材はある程度そろっていても成果に向けて動けない場合もあります。組織体制そのものが戦略に合っていないこともあれば、業務運営の仕組みが確立していないこともあるからです。こうしたときには、体制や仕組みを合理的に組み立てることがまず必要となります。

組織や業務の体制はできていても、社員がその体制の中でどのように仕事に取り組めばよいのか、頭では分かっても体がついてこないこともあります。こうしたときには、評価制度を見直すのはもとより、成果を出しているモデルとなる人材を社内外からピックアップし、そのコンピテンシーを抽出したり、実際にどのように仕事をしているのか、社員の前で語ってもらったりするなど、できるだけ具体的な場面で動き方のヒントをつかんでもらうことが重要です。

制約3:組織文化(戦略遂行には組織文化の考慮が必要)

そもそも、戦略がないとか不適切という場合もあります。正確にいえば、戦略が不適切というよりも、戦略を立案・実行するプロセスに問題があって、適切な意思決定ができない場合が多いのです。よくあるのは、意思決定が組織の慣行や風土に左右されてしまい、合理性が失われるケースです。言い換えれば、経営資源、特に人材の質や組織文化など目にみえない経営資源が、事実上、戦略を規定している状態にあると、戦略を転換することもできないし、戦略とリンクした人事制度改革自体があり得ないのです。

戦略は、客観的に合理性のあるものであったとしても、実行するには組織や人材を通じてしか行い得ない以上、組織文化の影響をまったく無視して人事制度を戦略にリンクして改革することはあり得ないのです。

 

このように、広い意味での経営資源の状況も、戦略にリンクした人事制度改革を行う際に、制約条件の一つとなります。ただし、まったく手をつけることができない要因ではありません。キーパーソンの入れ替え・組織体制や業務システムの見直し・プロジェクトやトレーニングなどによる役員や管理職への揺さぶり・評価の方法や基準の変更などを通じて、制約条件を変えていくことも可能です。

戦略にリンクした人事制度改革を実現していくには、このように制約条件を見極めて、制度の変更だけでなく、必要な経営資源の確保や制約条件を変えていくプログラムの実施などにより、改革を進めるきっかけを作り出すことも忘れてはならないのです。

まとめ

戦略人事とは、「経営戦略に沿った人事戦略及びその他の人事施策」を意味します。

PLCと人事の関係

  • 揺籃から生成までの段階では、自分で考えて動くことができる資質やスキルが必要です。管理職や役員には、どんな状況でもゴールを明確に提示するリーダーシップが求められます。
  • 成長期では、決められた枠組みの中で効率的に仕事をするスキルが重要になります。管理職には、仕事のやり方を組み立てて組織化するスキルが求められます。
  • 成熟期では、利益を確実に出すよう事業運営するスキルが管理職には求められます。これには、社員の貢献度を公平に評価するスキルも含まれます。
  • 再生期では、不要なものを見切って削減するマネジメントに方向転換するので、これまでのリーダーシップと明確に異なるものが必要になります。

事業のライフサイクルに応じて人事制度の改革をタイミングよく進めていくことは、人材や組織体制も並行して改革していくことになり、事業戦略を実現することにつながります。

事業ポートフォリオ毎に人事制度の運用を変化させる必要があり、直接的に影響を受けるのは評価基準です。特に目標管理制度を導入している場合には、いくつかの目標の内容やプライオリティ、達成すべきレベルは事業戦略によってまったく異なるはずです。

戦略にリンクした人事制度改革を実現していくには、制約条件を見極めて、制度の変更だけでなく、必要な経営資源の確保や制約条件を変えていくプログラムの実施が求められます。