人材ファースト企業における取締役会の役割と重要性、取締役会の意識改革に向けてCEOが行うべき施策を解説しています。
経営陣の監督とモニタリングが主な役目である取締役会が求める情報、経営陣への質問、彼らが日常的に口にするコメントは、経営陣のみならず、社内にも大きな影響を及ぼします。
よって、人材ファースト企業への変革を推進するCEOは、取締役会の思想を従来の「戦略ファースト」から「人材ファースト」へと大転換させる必要があります。それは、取締役会を変革のブレーキから「変革の加速器」に転換させることを意味します。
しかしながら日本国内では、人材ファースト企業への変革に向けた取締役会の思想の転換は進んでいない状態です。
経済産業省が令和4年5月に発表した「人的資本経営に関する調査 集計結果」によると、人的資本経営に向けた取り組みのうち、取締役会に関連する取り組みは遅れている傾向にあります。
「取締役会の役割の明確化」「(取締役会による)人材戦略についての議論とその監督」「(取締役会による)経営人材育成の監督」に関しては、63〜74%の企業が、まだ具体的な対応策を何も実行できていないフェーズにいます。
出典:経済産業省 “人的資本経営に関する調査 集計結果 令和4年5月”
※「人材ファースト」と「人的資本経営」は、どちらも組織の成功において人材が中心的な役割を果たすという共通点があります。
人的資本経営は、人材を消費対象である「資源」から、価値を生み出す「資本」と捉え直し、戦略的な観点から人材を管理し、リターンを最大化するという思想です。
人材ファーストは、人的資本経営の思想に加えて、個々の従業員(スーパー・ハイパフォーマー)の成長と機会の提供に焦点を当てています。
よって、人的資本経営に向けた取締役会の変革が進んでいない以上、人材ファーストに向けた取締役会の変革も同様に進んでいないと考えられます。
上述の通り、取締役会は経営陣のみならず、社内にも大きな影響を及ぼします。
人材ファースト企業への変革に向けて、取締役会の全面的な協力が得られれば、スーパー・ハイパフォーマーの採用、リテンション、モチベーションの向上が容易になります。力不足の人材を重要なポストに据えるような人事も回避できます。
取締役会がこの変革に本気で取り組んでいる姿勢は社員や株主にも伝わり、ステークホルダーに将来必ず成果をあげられるという確信をもたせることができます。
取締役会からの後押しにより、CEOもスピード感をもって人材ファースト企業への変革に取り組めるようになるのです。
CEOに呼応し、「戦略ファースト」から「人材ファースト」へとその思想を転換させる取締役会は、会社の将来を真剣に考えている取締役会と言えるのではないでしょうか。
なぜならば、人材ファースト企業における取締役会は、人材こそが価値を生みだす源泉であることを理解し、企業の未来を形作る重要な要素として、人材に関する議題を優先して扱うからです。
従来の取締役会では、財務報告や規制の動向、役員報酬のような喫緊の課題が議論の中心でしたが、人材ファースト企業では、これを変える必要があるのです。
取締役会にとっては、単なるコンプライアンス遵守を確認する仕事だけでなく、戦略やリスクに対して助言しTSR(Total Shareholder Return:株主総利回り)を大幅に引きあげることに貢献するのが誇りとなる。だが戦略と同様に人材に関する課題も認識させ、戦略と人材両方に関するリスクを分析させることこそが、CEOであるあなたの責務である。新たなTSR──人材(Talent)、戦略(Strategy)、リスク(Risk)──が他の懸案事項に勝るとも劣らず重要であることを意識させるべきである。
Talent Wins(タレント・ウィンズ) 人材ファーストの企業戦略
人材ファースト企業における取締役会は、戦略だけではなく、人材に関連するリスクも分析する必要があり、そのための方法論として、CEOは、新たなTSR―人材(Talent)、戦略(Strategy)、リスク(Risk)の重要性を取締役会に意識させるべきだと訴えています。
取締役会が、新たなTSR(人材、戦略、リスク)の重要性を認識し、そして人材ファースト企業への変革の加速器になってもらうには、まずその構成や運営方法を根本から見直す必要があります。
そのためにCEOが実施すべきことを4R(再認識=Reintroduce、再編成=Reorganize、優先順位の再考=Reprioritize、再説明=Retell)として下記にまとめました。
CHROが全社的な価値創造の成否を決めるキーパーソンだということを取締役会に再認識してもらう必要があります。
そのためにCEOは、
を取締役会で明確に説明する必要があります。
もちろんCHROも、取締役会と強固な信頼関係を築く上で最低限必要な能力(従来の人事部長が果たしてきた役割との差異を明確に説明する能力、事業戦略を正確に把握し、戦略人事の観点から有益な提言をする能力)を有していることが大前提です。
取締役会が人材に関する議論を優先できるよう、取締役会を再編する必要があります。
そのための一番有効な方法は、報酬委員会の名称を「人材・報酬委員会」「人材委員会」等に変更することです。
コーンフェリーの調査によれば、先進的な企業の多くがすでにこれを実行しています。
GEは「報酬委員会」から「経営人材開発・報酬委員会(MDCC)」に名称変更することで、最初の議題として「報酬」ではなく「経営幹部に関する議論」から始めるようになりました。そして、CHROのスーザン・ピーターズと人事部のチームは、経営幹部に関する詳細な情報をもって、取締役会に出席しています。
このおかげで取締役会は経営幹部のことを客観的、定量的に把握でき、人材戦略を適切にモニタリングできるようになりました。
35以上の取締役会のメンバーを務めてきたカナダ人エグゼクティブのデヴィッド・ビーティーは取締役会の成功例としてGEを挙げ、下記のように形容しています。
「GEは……いわば『タレントマシーン』だ。取締役会は事業戦略の判断以上に、人材育成とCEOの後継者育成によってGEの将来に貢献している。取締役たちはGEを、自分たちが育成した有能な人材が集結した超一流大学のようなものだと考えている。取締役会が借入金の返済、タービンの売上倍増、中国へのさらなる進出といった議題の検討をするより、会社の将来を担う人材を強化するほうが、はるかに高い付加価値を生んでいる」
Talent Wins(タレント・ウィンズ) 人材ファーストの企業戦略
CHROをCFOと同等に重要なポストとして取締役会に参加させ、かつ人材・報酬委員会を立ち上げたからには、実際に議題の優先順位を再考する必要があります。
下記3つは取締役会で毎回検討すべき議題です。
人材ファースト企業への変革を推進している以上、CEOは経営トップとして、投資家に人材ファーストの話をするべきです。
複数の企業が、四半期業績報告のプレゼンテーションで自社の主要な人材について語っています。
彼らのパフォーマンスや移籍の話は、会社の株価にも影響を与える程に重要な情報なのです。
人材ファースト企業への変革を推進するCEOは、取締役会の思想を従来の「戦略ファースト」から「人材ファースト」へと大転換させる必要があります。
取締役会からの後押しにより、CEOもスピード感をもって人材ファースト企業への変革に取り組めるようになります。
しかしながら日本国内では、人材ファースト企業への変革に向けた取締役会の思想の転換は進んでいない状態です。
人材ファースト企業への変革に向けて取締役会の意識改革をするには、CEOは下記の4Rを実行することが有効です。
参考文献:
Ram Charan, Dominic Barton and Dennis Carey, (2018) “Talent Wins: The New Playbook for Putting People First”
経済産業省 “人的資本経営に関する調査 集計結果 令和4年5月”