コンテンツまでスキップ

環境変化に応じ、リスキリングを効果的に達成する組織と人事制度

事業展開上、プロフェッショナル人材が必要となってくる企業が増えています。それでは、現在いる人材をプロフェッショナル化していくには、どのように取り組んでいくべきでしょうか。

プロフェッショナル化を促進するには、評価制度や等級制度なども給与制度とともに、変えていく必要があるのはいうまでもありません。人事制度だけでなく、仕事の進め方や職場でのコミュニケーションスタイルなども含めて、組織運営の仕組みやオフィスの物理的な環境なども変えていくことを忘れてはなりません。

以下に紹介する事例は、そうしたアプローチで現有人材の中からプロフェッショナルとして仕事ができそうな可能性のある社員を顕在化させて、処遇したものです。

E社の概要

case4-orgoutline4E社は、機械部品の開発・製造・販売の中堅企業で、年俸制を導入したのはその子会社です。

E社の社員数は正社員が約900名で、工場の生産ラインの作業を担当するパートタイマーが約200名います。もとは、精密機械の部品を家内工業的に作る同族会社でしたが、戦後、部品納入先の業界が発展するにつれて業容を拡大していったのです。

その過程でユーザー密着型の技術開発スタイルを確立し、ユーザーのニーズにフィットした製品を市場に送り出し続けて、製品のもつ技術力をブランドカとして確立しました。現在も、主力製品についてはシェア1位で、国内では50%程度を確保しています。

生産プロセスの革新と海外進出

生産ラインの自動化やエレクトロニクス化は、E社の生産ラインの効率を飛躍的に高めてきた以上に、ユーザーであるメーカー各社のニーズに大きな変化を及ぼしてきました。1980年代にはいってからは、部品単体を購入するよりも、他社製品も含めたいくつかの部品を組み合わせて、ユーザーの生産システムを一部変えたり、ユーザーの開発・設計・生産・物流などシステムのリエンジニアリングに対応して、ある製品の生産プロセス全体を革新しうるシステムそのものやシステム構築のノウハウをユーザーが求めるようになってきたのです。

その一方、納入先メーカーの海外進出に伴い、海外からも生産システム構築のアドバイスを求められるケースが出てきました。E社も、海外にいくつかの工場を合弁で設立して工場を立ちあげる中で、生産システム構築のノウハウを蓄積するようになってきたのです。そして、現在では規格化された量産品は、すべて海外で生産するようになっています。

1. 御用聞き営業からソリューション営業へ

従来は、エンジニアも営業も、ユーザーの言うとおりに、製品や技術を開発したり、製品を納入していればよく、ユーザーの御用聞きに徹していれば収益につながっていました。とくに、営業は、製品のもつ技術力を除けば、人間関係だけで構築された取引関係でした。

しかし、今は、ユーザーがE社の営業やエンジニアに課題発見とその解決策を求めてくるようになってきており、ユーザーにとって満足のいく解決案を提示できなければ、これまでの取引関係を崩して、同業他社が食い込んでくるケースもかなりの件数になっています。

そこで、トップマネジメントは、ユーザーの状況を診断し、課題の設定と解決案の提示ができて、最終的には自社製品を組み込んだシステムの形で、製品の販売につなげる営業スタイルを考えだし、これをソリューション営業と名づけました。

また、エンジニアについても、幅広い技術的なバックグラウンドをもった上に、コストや他のシステムとのインターフェースも考慮にいれて、ユーザーに最適なシステムを提案できる、ソリユーション開発のスタンスが重視される状況になってきました。

実際には、ソリューション営業とソリューション開発は表裏一体のものです。つまり、エンジニアとしての基礎的な知識やスキルと営業としてのコミュニケーションやネゴシエーションの力量が同時に問われるからです。そして、E社製品のブランドカや取引実績よりも、担当者がどこまでユーザーのニーズを高度化して、トップマネジメントのレベルにまでアプロ-チしていけるか、という個人の力量に負うところが大きい事業でもあります。

このようなユーザーの動向は以前からきわめて明確に見えていたにも関わらず、E社の営業やエンジニアのなかには、ユーザーの課題を分析して解決案を提示できる人材が皆無に等しい状況のまま、現在に至っていました。

現有の人材には、これまでの御用聞き型のスタイルが染みついています。トップマネジメントの意向を理解し、社外研修機関で必要と思われる基礎的な知識やスキルを十分に身につけても、ソリューション営業・ソリューション開発のスタイルを、依然として実践できていないのです。

case4-transition-of-hrmanagement4

こうした状況を打破すべく、東京に本拠をおくITコンサルティングの会社から、ソリューション営業の要員として、プロジェクト・マネージヤークラスを中途採用しようとしたことがあります。その時は、年功カーブのきついE社の給与体系では、30~35歳で採用時給与をもっとも高くオファーしても、前給の四分の三を下回る程度で、条件面でまったく話になりませんでした。

そこで、トップの決断により、ソリューション事業部門を分社し、独自の給与体系の下で、独自のスタッフを採用することにしたのです。

2. 分社化に伴う人材マネジメントの問題

この新会社は、E社の戦略子会社であり、E社から出向する営業や開発のスタッフも若干はいますが、社員はE社およびその関連企業以外から新たに採用することとしました。
問題は、設立後三年間は立ち上げの期間として、人材の確保と育成を含め、ソリューション事業の組織や人事制度をどうするかです。
というのも、E社の現行の給与水準および給与体系では、採用ターゲットとして想定するITコンサルティング業界からは必要な人材を調達するのは困難だからです。へたをすると、E社の中にいてソリューション事業を立ち上げつつある人材が社外に流出してしまうおそれもあります。

3. (ソリューション1)処遇のしくみ

求める人材の明確化と調達方法

そこで、下記図(<E社戦略子会社の求める人材と調達方法>)に示すように、ソリューション事業の核となる人材をプロフェッショナルファームの人材フロー(キャリアステップ)を参考として、七段階のレベル(等級)に分けて処遇することにしました。

実在者は、実質的にはE社より出向の3名だけですが、トップマネジメント個人の人脈をベースにした上級者のヘッドハンティング、中堅クラスのメディアを使った一般公募、4大新卒定期採用の三種類の採用戦術をミックスして、三年以内に15名程度の組織として立ち上げるという見通しを立てました。

<E社戦略子会社の求める人材と調達方法>
case4-profile3

給与の仕組み

給与水準の設定

戦略子会社の給与水準は、採用ターゲットとする社外の実在者の給与水準に準拠して設定しました。

たとえば、アカウント・マネジャーとソリューション・プランナーは、シニアのITコンサルタントにほぼ匹敵する成果(実力)を要求されます。そこで、ソリューション・プランナーの下限をシニアのITコンサルタントの下限である1,000万円に設定し、アカウント・マネジャーの上限をシニアの上位のパートナーの下限である1,400万円に設定しました。そして、ソリューション・プランナーの上限とアカウント・マネジャーの下限を中間の1,200万円としました。

このように給与レンジを社外のターゲットをもとに設定すると、実在者の給与とは大きな乖離を見せることが当然予想されます。E社もその例に漏れず、ソリューション・プランナーに格付けられる実在者は、E社の40歳実在者の中では最も高い年収ですが、それでも格付けに見合う本来の給与水準からは大きく下回ります。

そこで、実在者については事業立ち上げ期の今後三年間に、本来の格付けに相当する年俸水準まで調整していくことにしました。一年当たりの調整額は、移行時の標準年収と格付けされているレベルの下限額との差額の三分の一を、業績評価の結果が標準レベルであれば、昇給させていきます。ただし、評価結果が標準を超えれば調整昇給額を多くし、標準に達さない場合は、その年の調整は行いません。
case4-salary-adjustment2

レンジ内の給与改訂

レンジ内での給与改訂については、業績評価の結果、昇給に値すると認められる実績ひとつにつき、年俸を36万円アップさせ、反対に、これといって業績が認められない状態が二年連続したり、成果(実力)が下がっていると認められる事実があった場合には、年俸を24万円ダウンさせます。これらの昇給額・減給額はテクニカル・アドバイザーレベルのもので、レベルに応じて定めるため、上位レベルほど昇給額も減給額も大きくなります。

こうして定められる年俸額を12で除した額を毎月支給し、夏冬の定期賞与は支給しません。そうすることにより、E社とは事業や人材の性格がまったく異なることを明確にメッセージとして本人にもE社の社員にも伝えます。事業としては三年以内に単年度での黒字転換をめざしており、黒字転換後に業績賞与を年一回支給する計画です。

業績評価の仕組み

当面は、ディレクター、つまり社長と直接、面接を行い、その場で自分の一年間にあげた実績を申告します。その内容が実力相当のものとして認められれば昇給となります。実力が毎年、着実に伸び、上位のレベルで求める人材イメージに該当するような成果も十分にあげていると認められれば、昇格もありえます。しかし、申告した内容が成果(実力)として認められないと昇給はありません。

もし、成果(実力)が下位レベル程度に低下したと認められるときには減給もありえます。なお、シニア・テクニカル・アドバイザー以下のものについては、ソリューション・プランナー以上で実際にプロジェクトを一緒に実施した者が、評価に関するコメントをディレクターに伝えます。ディレクターはそういったコメントなども、評価を行う際の判断材料として吟味する必要があります。

評価基準としては、定量的には、NCT(ネット・チャージャブル・タイム ※)をベースに算出した収益の目標達成度を準拠指標とします。定性的には、人材イメージのなかで言及されている内容を個々のプロジェクトでどの程度できていたのかをレポートやユーザーの反応などに基づいて評価します。

※NCTは評価のベースとして見ます。この数値は、チャージレートに時間数を乗じて収入を計算するタイムチャージ方式において、タイムチャージの累計額がそのプロジェクトの収入を超えない範囲では、その累計額をそのコンサルタントの貢献した収入とみなし、超えた場合はいくら累計額が大きくなろうともプロジェクトの収入までしか、そのコンサルタントの貢献した収入と見ないことにより、コンサルタント個々の貢献した収入を表示するものです。

4. (ソリュ―ション2)
プロフェッショナル化を促すオフィスレイアウトと実力判定方法

オフィスレイアウトの刷新

部品メーカーにありがちな既存技術と顧客への依存度の高さは、競争環境が構造的に安定して成長軌道にのっている時期には問題とはなりませんでした。また、年功に応じた給与カーブも成長期には十分に意味がありました。

しかし、その環境が構造的に変化している現在、給与体系も構造的な変革が必要となりました。この事例のように、分社化することにより着実に人材のプロフェッショナル化を進めるというアプローチも検討に値するでしょう。

このとき、給与体系は短期間のうちに一変させることはできても、社員の行動様式やその企業のもつ固有の文化はきわめて変わりにくいものです。この事例においても、ソリューション事業という考え方は理解されても、そのためにとるべき行動が現有の人材には期待できないところから、分社と社外からの人材調達がスタートしているのです。

当然のことですが、年俸制を導入するだけでは人材のプロフェッショナル化は進みません。社外からすでにプロフェッショナルとなっている人材を調達したり、組織運営の仕組みを一変させるなどの方策も同時に実施されなければなりません。

そこで、オフィスレイアウトをプロフェッショナルの仕事の進め方にふさわしいものに刷新してもらいました。E社のオフィスは職位や資格などの社内の序列を明示したレイアウトとなっていました。しかし、戦略子会社では、部や課を単位としたレイアウトをなくしたばかりか、中央に置いた円卓を囲んで同心円上にデスクを配置してパーティションで区切ったため、社内の序列がわからないばかりか、すぐにディスカッションをしたり、トップマネジメントや上級プロフェッショナルが歩き回りながらアドバイスを行うことができるようになりました。

社外からの人材調達という点では、年俸制導入後一年ほどで狙った効果がありました。すなわち、テクニカル・アドバイザーとシニア・テクニカル・アドバイザーを一名づつ公募で採用できたのに加えて、アカウント・マネージャーを1名、サーチファームを通じて採用することができました。

プロフェッショナルの実力判定

実は、E社からこの戦略子会社にソリューション事業の担当者として出向するには、実力レベルを判定する試験を受けて、E社での資格等級に関係なく、新たに格付けされるように、設立した翌年から取り扱いを厳しくしました。この判定試験は、社外から入社する場合と同じもので、たとえば、テクニカル・アドバイザーでは、ロジックテスト・プロポーザル作成演習・レポート作成演習・模擬プレゼンテーションなどを一日かけて行います。

分社した翌年、E社の社内公募制を使って、この判定試験を受けた者が二十歳代のエンジニアと営業で二名ずつ現れました。これは、予想外にE社本体に与えた影響があったことの現れと見ることができます。

出向者については本籍地管理を行っていますが、現実に出向者がE社に復帰すると、給与が下がることになるため、実質的には転籍に限りなく近いものとなることが予想されます。この点については、設立三年後に出向者全員に転籍・復帰の希望を聞いて決定することになりました。

評価の仕組みや給与制度の運用方法は、よりプロフェッショナル色を強めていくためにも、設立三年後をめどに見直す予定となりました。

経営計画と連動する人事制度を構築し、会社を大きく成長させませんか?

(マッキンゼー流)戦略的人事制度構築ワークショップ型コンサルティングについてもっと詳しく知りたい方は、お気軽にお問い合わせください。