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メンバーシップ型組織の下での一般社員向ジョブ型人事制度

<メンバーシップ型の職場を活かしながら、既存の評価制度をジョブ型評価制度に改革する>

調査によると、成果を明確に判断できる職種については期間内の成果に対して給与額を増減させることのできる人事制度にしたいと思う経営者は78%にも上ります。そして、給与の決め方については、仕事の成果を重視すると答えた経営者は78%、仕事の成果のみと答えた経営者は71%にも上ります。勤続年数や役職などに囚われず、仕事の成果に応じた給与の決定が求められているのです。これがいわゆるジョブ型制度のベースとなっている考え方です。

ところが、企業がジョブ型制度を導入していない理由については、「業務を細かく分けられないから」(40%)が最多で、第二位は「業務が属人化しており、ジョブ型への移行が困難だから」(26%)となっています。日本型雇用の特徴であるメンバーシップ型の職場においては、ジョブ型制度に求められる職務記述書作成に必要な業務の切り分けや、成果の定義が難しいこと、そして、ローテーションなど育成の観点からも、一般社員に担当させる仕事を固定することが難しいからだと思われます。

ただし、第三位に「現在の雇用(人事)制度に満足しているから」が23%もあるのです。これは、メンバーシップ型自体に問題があるとは考えておらず、それをあえてジョブ型に変革したいと考えているわけではないからだと思われます。

経営者は、社員の成果を評価し、給与を決めたいと思っているものの、既存の制度すべてをジョブ型人事制度に変更したいわけではなく、既存の評価制度をジョブ型に改定できるならそれが望ましいのかもしれません。ジョブ型制度への変革にかかる膨大な時間や費用の面からも、職務記述書を作成した上に、等級制度や給与制度までもジョブ型に変更したいわけではないのでしょう。日本企業の良さであるメンバーシップ型の職場を維持できればその方がベターだと考えておられるのではないでしょうか。

本事例は、一般社員向けに、職務記述書を作らず、既存の評価制度を改定し、「ジョブ型評価」、すなわち、成果をきちんと評価できる制度に改定した実例の紹介です。

 企業の概要

U社は商社として創業後、自動車の国産化に伴って自動車部品の生産を手掛けるようになり、次第にメーカーへの変身を遂げました。電装・機構・電子・システム等の幅広い独創的な技術は、自動車のみならず、農業機械・建設機械など様々な分野で確固たる地位を築きました。フランスの自動車部品大手ヴァレオのある事業を買収、グローバル企業としての機能強化を進めていました。当時、正社員は600名程、従業員数は全世界で8,400名以上でした。

1. 格付けや評価の基準が明確でなかった旧制度

U社は、かつて主要グループ会社を含む一般社員全員を対象に、「同一価値労働/同一賃金」を基本理念とする独自の人事制度を導入しました。本制度はU社社長自ら編み出したもので、基本給をグレード別の「職務給」に一本化、家族手当、住宅手当などの手当を廃止し、年功・属人要素を払拭しました。各人の貢献度に応じた処遇を志向し、職務と成果に基づく「完全実力主義」を目指したものでした。

ところが、実際に導入してみると、狙いどおりの効果は得られませんでした。人事部によれば、旧制度が狙いどおりに機能しなかった一番の原因は仕組み自体の問題でした。格付や評価の基準が明確でなかったため、被評価者が納得できるような評価ができなかったのです。もう一つの原因は、評価者でした。本来、貢献度に応じた評価をするのであれば、『行ったこと』に対して評価すべきなのに、被評価者が「~できること」で評価をしてしまっている評価者が存在し、評価者が評価をしっかりとできる壮組みや研修がなかったということでした。また、評価者の評価能力を疑わざるを得ない場合がかなりあったのです。

2. 会社への貢献度に応じた処遇という社長の想い

U社社長は、人事制度のタイプに関わらず、優秀な人材(主に一般社員)を採用できればよく、彼らに対し成果を正当に評価し、貢献度に応じて適切な報酬を支払いたいと考えていました。しかし、現行制度全体をジョブ型、即ち、職務等級人事制度に変革するには、様々な障害があることが予想されたのです。ある日、髙橋宛に直接連絡があり、現行の人事制度を変革してくれないかという相談がありました。

労働組合が実施したアンケート調査によれば、①格付の基準や評価基準が不明確、②どうすれば等級が上がるのか分からない、②上司の主観で評価される、③部署により評価が異なる ④評価を適切にできない管理職がいる ⑤成果が自分より低いのに給与が高い人がいる など、評価制度の納得性や現場での運用に不満を感じていました。

マネジメント側へのヒアリングからは、①明確に評価できる仕組みがない ②部門によって仕事が異なるのに公平な評価は難しい、部門間の横の整合性はどのようにとるのか ③数字で測れない部門の評価はどうしたらよいか ④評価者によって評価結果が異なるのをどうしたら正せるか、といった評価基準の明確性や、評価の公平性・適切性、そして評価者の問題について多くの意見が出ました。

3. (ソリュ―ション)制度全般の改革

こうした調査結果を踏まえ、今回の改革では、制度の納得性を確実に高め、運用における容易さを確保するため、制度における透明性・明確性・公平性、運用における手間やコスト(時間)のバランスについて目標を設定した上で、制度を設計しました。 
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処遇の基軸となる等級制度(「キャリア等級」)は、明確性の観点から、職群(職種)毎に等級要件を定め、昇級審査は各人の行動または行動特性がそのレベルに達しているかを判定して格付けします。 昇給・賞与に反映する評価は、明確性と公平性の観点、そして運用の手間やコストを考慮して①後述の「コアスキルガイド」と②目標管理によって行います。①は定常業務、②は非定常業務における各人の貢献度を測る仕組みです。 基本給(「成果貢献給」)の報酬水準は、公平性の観点から職群別に設定し、市場価値に見合った処遇を行います。 以下、具体的な内容を概説します。

1. 等級毎の差異を明確にする

1.1 職群別の等級設定

新しい等級制度では、営業、開発、管理など五つの職群を設定し、それぞれを1~3等級とします。多くの社員は1~3等級に格付けられます。ただし、特に専門性の高い人材を格付ける等級として「専門職」を設置しました。
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旧制度では7階層の「職務等級」を設けていました。7等級は特に専門性の高い人材のための格付けであり、多くの社員は1~6等級に格付けられていました。新制度では、これを3階層にくくり直しています。旧制度では、6等級のそれぞれの職群(職種)に応じた明確な基準を作成できなかったため、新制度では、2等級と3等級では何が違うかといった等級毎の差異を明確にする必要があったのです。

1.2 職群・職務別に等級要件を作成

等級要件は、職群(・職種)毎に成果に結びつくような行動で設定しました。開発、営業など五つの職群ごとに基本となる定義を定めた上で、職群(・職種)別に3等級に分けて詳細な要件を定めました。さらに、等級要件には具体的な成果の例を記述し、等級ごとの相違点が明確になるようにしました。

等級要件は、「~ができる」といった能力ベースではなく、「~を遂行している」といった行動ベースで定め、その等級に求められる具体的な成果の例、業務の典型例も記載し、等級毎の違いをイメージしやすくしました。

1.3 等級要件による昇級審査

新制度では、等級要件によって昇級の可否を判定します。昇級するには、「~できる」という能力ではなく、成果に結びつくような実際の行動(「成果行動」)に現れていることが求められます。また、2等級から3等級への昇級については審査を行います。審査では、本人の成果申告によって等級 要件を満たす行動がとれているか、3等級としての成果が出せるか等を確認します。合わせて、人事部が昇級候補者の思考・行動特性(コンピテンシー)を知るためのインタビュー(BEI:Behavioral Event Interview)を実施し、その人のコンピテンシーレベルをチェックします。

2. 仕事の最小単位である「活動」に標準化し、評価基準を明示

2.1 一般社員の評価制度の概要

  • 業務を定常業務と非定常業務に区分。定常業務部分を標準化して評価基準を付け加え、コアスキルガイドとして整備し、明示された評価基準によりオープンに評価する。
  • 非定常業務部分には、目標や課題を設定し、達成度を評価する。
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「コアスキルガイド」による定常業務の評価および目標管理による非定常業務の評価によって各人の貢献度を半期毎に評価し、その結果を年1回の昇級と各期の賞与に反映します。①と②の比率は全員一律ではなく、一人ひとりの職務に応じてその都度決定します。

2.2 活動単位で評価基準を設定

「コアスキルガイド」とは、部署内の業務を「活動」単位に分けて標準化し、その一つひとつについて評価基準や職位(1~3等級)毎に要求レベルを定めたものです。
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その実質は、部署内の定常業務を意味のある仕事の最小単位である「活動」に分け、それぞれの活動を成果につながる行動(「成果行動」)として体系化したものです。従って、その本質は、成果行動体系と言えます。たとえば、採用担当者であれば、「採用計画立案」「採用媒体の企画・運営」「学生への会社説明資料の作成」「面接の実施」といった業務をそれぞれ一つの「活動」と読んでいます。

コアスキルガイドには、個々の活動のポイント、評価基準、すなわち、何をどのようにやり遂げればどんな評価(A/B/C)になるかを記載してあります。A、B、Cそれぞれの評価の違いが明確にわかるように、絶対基準であるコンピテンシ―(達成志向性)のレベルを用いています。
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2.3 活動単位で要求レベルを設定

それぞれの活動の難易度(一般社員の業務(活動)の難易度は難・中・易の3段階に分けている)に応じて職位毎の要求レベルを設定しています。例えば、「採用面接のスケジュール調整」という活動の場合、1等級の社員が一人で行える必要があります。この場合1等級の社員への要求レベルはB(標準)となります。2等級の社員が行う場合は、彼にはより高い成果を求め、要求レベルはA(求める以上の付加価値を生み出している、たとえばスケジュール調整に便利なプログラムの作成など)となります。

他方、3等級に求めるような活動、例えば、「学生(応募者)への会社説明資料の作成」のような活動であれば、3等級の社員にはBを求めます。 2等級の社員が遂行する場合はC(上級者の指導を受けて、完成させている)が要求レベルとなります。こうして各人の等級レベルに応じた適正な評価を可能としています。

2.4 個人の目標設定シートの作成

コアスキルガイドは、その部署の定常業務を記した、いわば部署のマニュアルです。各人の評価に用いる際には、そこから本人がその期に行うことが予測される活動を抜き出し、目標として設定することになります。
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項目毎のウェイトは、中計や事業戦略から考えて、マネジャーである上司が1から最大3の範囲で設定します。各期末には、個々の活動の成果(「成果行動」と呼ぶ)を評価し、活動毎の要求レベル(A~C)と本人の評価結果のマトリックスを通じて「評価点」を求めます。それにウェイトを掛け合わせて「換算点」を求め、換算点の合計が標準評価(4点×ウェイトの合計)をどれだけ上回ったか(下回ったか)によって本人の評価を決定します。

評価は絶対評価です。したがって、コアスキルガイドに定めた評価基準を満たせば、その評価を得られるようになっています。そして、評価結果が給与にどのように反映されるかを明示しており、何をどこまでやればどの評価になり、どれだけの昇給になるかが、あらかじめ本人にわかる仕組みとなっています。

2.5 業務が標準化され、評価基準が明示されたことによるメリット

コアスキルガイドを作成、活用することによって、直接的には以下のメリットがありました。

  • 一般社員が担当する業務が見える化され、活動毎の評価基準が明示されたことにより、評価への納得度が飛躍的に高まった(後述4.1参照)
  • 何が重要な活動なのか、そして、各々の活動において求められる質やスピートが明確にされたことで、担当者のスキルが向上した
  • 作成されたコアスキルガイドは、部署の仕事が大幅に変わらない限り修正する必要がないため、職務記述書を作成する手間や時間を省くことになるだけでなく、業務遂行スピードが上がり、職場の生産性が向上した
  • 「評価」自体の時間が大幅に削減され、余った時間を部下の指導や今後のキャリアについて話し合ったりする余裕ができた

3. 人材マーケットの実態に合わせ、労働組合が納得する給与水準に設定

3.1 職群別の給与水準の設定

新制度では、職群・職務等級別に基本給レンジを設定し、その範囲で毎年の評価に応じた昇給を行います。具体的な金額は、人材マーケットにおける実態を踏まえて決定しました。厚労省の調査、採用支援会社、外資系コンサル等から情報を集め、様々なデータを比較した上で、業界・規模等の観点で、労働組合の代表者を含めて納得できる額としました。

給与レンジの額も、基本的に人材マーケットの実態に合わせました。ただし、どの職群も、下位等級の給与レンジと上位等級の給与レンジに一定の開きがある開差型とし、下位等級で昇給を重ねた社員の給与が上位等級に上がったばかりの社員の給与を上回るという逆転現象が生じないようにしました。

3.2 メリット昇給の導入 

各給与レンジ内では、その人の給与額がレンジのどの位置にあるかによって昇給額が変わる「メリット昇給」の仕組みを取り入れました。その人の給与がレンジの下限に近いほど昇給しやすく、レンジの上限に近づくほど昇給しにくくなる仕組みです。たとえば、ある人の評価がB(標準評価)だった場合、その人の給与水準がレンジの下限に近ければ昇給しますが、レンジの上限に近ければ給与が上がらなくなるのです。仮に、毎年同じ評価を取り続けた場合、一定レベルまで昇給し、其の後は同じ評価であれば一定となるということです。

4. 全従業員の納得度100%に向け、制度を試行

4.1 新制度の試行を通じた現場による理解の促進

新人事制度の正式運用に先立ち、制度の試行段階として1年間、管理職および一般社員への説明会、管理職研修、目標設定面談、コーチングを取り入れた部下育成面談と評価者面談それぞれの終了後、以下のようにアンケートを実施して、現場に十分に理解してもらうよう努めました。

  1. 新制度導入時説明会後のアンケート実施
    本アンケートを実施したのは、説明会の場では言いづらいこともあることを想定したからです。評価制度については「〇〇の場合の評価はどうなるのか」等の具体的に評価についての質問が多く出てきますが、それらすべて回答しました。
  2. 目標設定後のアンケートの実施
    以下のような意見が出ました。
    1)「自分の格付けに対する評価基準が見えるかたちになったので良かった」
    2)「評価基準に自分のスキルが届いていない不安があるが、達成できれば評価されるので楽しみである」
    3)「これまでと比べて、部門の方向性、自分の業務内容が具体的に提示されていたため、今後、業務を遂行しやすくなった」
    4)目標設定後から上司が私に仕事を積極的に降ってくれるようになり、また以前よりも仕事を熱心に教えてくれるようになったと感じる」
    5)「設定した目標をすべて達成しようとするとすごく頑張らないとできないと思った」
    一方で、 「目標が高すぎる」「A評価を取るのが大変」という意見も
    ありました。
  3. 評価面談後アンケート・運用試行後の説明会の実施
    新制度運用試行段階での評価面談後、アンケートを実施したところ、今回の評価に納得し たと答えた人は87%でした。一方で、評価面談後においても新制度への疑問点が解決していない人、評価に納得はしたものの疑問が解消していない人もいました。そこで、運用試行後にも説明会を実施し、制度体感後の疑問点について対応し、制度の理解を深めてもらいました。

4.2 社員が自身で考え、成長していく仕組みの構築

新人事制度の目的は、評価して処遇を決めることだけではなく、社員がスキルアップ・キャリアアップしていくことにあります。本制度では、ソリューションフォーカス(解決志向※)という考え方を取り入れ、管理職研修にてソリューションフォーカスを活用したコーチングをしっかり学んでもらい、部下育成面談、評価面談でもソリューションフォーカスを取り入れた面談を行うようになっています。運用試行後のアンケートでは、「今後自身が成長していくためにはどうすべきか」という質問に対し、理解しているとの回答者は88%に及びました。

※ソリューションフォーカスとは、心理療法やカウンセリング、そしてコーチング等で用いられているアプロー チで、「問題」ではなく、「解決」に焦点を絞るコミュニケーション方法。 「問題の原因を追及し、問題をどう解決するか」という問題志向ではなく、「すでにできているところ」や「どうしたらできるか」に焦点を当てて解決する考え方。

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