コンテンツまでスキップ

差別化余地が大きい5つのケイパビリティ

戦略人事を実行するためには、人事担当責任者と経営者は同じ言葉でコミュニケーションをとり、企業経営について共通認識を持つ必要があります。
本コラムでは、次の2つの重要なキーワードを用いて、差別化余地が大きい5つのケイパビリティを説明します。

  1. 組織学習能力(各メンバーの学習の成果を組織という場の中で相互作用させる形で高める組織能力)
  2. 迅速対応力(リードタイムの絶対的速さ、相対的早さを高める能力)

筆者は、1990年後半から、人事制度を戦略の実現手段として構築できないかという打診や依頼に応え、以来30年近く、「戦略人事」に関わってきました。古くは、日本発の「方針管理」を目標管理に結合するという戦略的方針管理という手法、次に、当時所属していたヘイグループ、現コーンフェリーが提携した会社が推進しているバランスドスコアカード(BSC)という手法を含め、様々な取り組みを実施してきました。現在は、運用負担が大きくなりがちなBSCではなく、顧客企業の事業特性や組織の状況に合わせた方法にて戦略人事の構築を様々な形で支援しています。

1. そもそもケイパビリティとは

Back view of businessman looking at mechanism of cogwheels-1

ケイパビリティとは、BCGが提唱したコンセプトで、企業の組織としてのさまざまな能力を言います。

ケイパビリティには短期的な競争優位性に関わる商品開発力や生産技術のような「スキル・ケイパビリティ」、中期的な競争優位性に貢献する業務フローや情報システムのような「プロセス・ケイパビリティ」、長期的な競争優位性の基盤となる企業文化、業績評価システムなどの「プラットフォーム・ケイパビリティ」があります。

ケイパビリティに基づいて戦略を立案・実行する場合、戦略の外的側面、すなわち、市場における競争上の地位とそれにもとづく競合優位性に加え、組織の能力としての優位性という戦略の内的側面を統合して考えます。

2. 差別化余地が大きい5つのケイパビリティ

ケイパビリティのうち、未だ差別化余地が大きく※、環境変化の激しい業界において特に重要となる「組織学習能力」「例外的現象から事業機会を発見する能力」「事業責任者の経営能力」「ニーズウォンツ把握力」「迅速対応力」の5つのケイパビリティに着目します。

差別化余地が大きいケイパビリティをニューケイパビリティといいます。逆に、すでに多くの企業が高いレベルに到達しており、差別化余地が小さくなっているケイパビリティを成熟ケイパビリティといい、「コスト管理力」「品質管理力」「納期管理力」などが該当します。

2-1. 組織学習能力

組織学習能力とは、各メンバーの学習の成果を組織という場の中で相互作用させる形で高める組織能力を良い、これを高めるには「BCGが言う組織学習」と「生成的対話」の2つのアプローチが考えられます。
1. 組織学習

社員がノウハウを共有化する仕組みをBCGは組織学習と呼んでいます。この組織学習は二つの要素からなります。一つは、個々人が学習していく能力、ラーニングです。もうひとつは、ラーニングの成果を組織全体で共有化するしくみです。ラーニングとは、仮説、実行、検証による能力の向上をいいます。ラーニングの効果を最大限に挙げるには、この仮説検証のサイクルを可能なかぎり短期間に数多く繰り返すことがポイントです。もうひとつのポイントは、仮説を検証する場があることです。

たとえば、サントリーでは商品に関する仮説は市場で検証しろという精神が組み込まれています。鳥居社長は商品企画チームに対し、「上に聞くな、市場に聞け」と常々口にしているそうで、ヒット商品となったサントリーの飲料、ダカラも事業部のスタッフ、デザイナー、研究員など組織を超えて編成された商品企画チームが仮説をつくり、コンセプトを練り上げ、市場で検証した成果だとされます。個人のノウハウの共有方法としては、ひとつはマニュアルとか成功事例集にまとめることであり、仮説と検証結果が具体的に書かれていることが大事だとします。もう一つは、仮説の立て方を繰り返して教育することであり、成果を生み出すためには誰がその仮説をたてるのか役割分担を決めておき、結果を検証できるしくみになっていることが必要だとされます。

組織学習による組織の進化のステージ:

  1. 昨日より今日のほうがよりよい判断ができ、より成功確率の高い行動がとれるようになるステージ
  2. 経営判断のために必要な情報の収集方法や分析活用方法が日々進歩しているステージ
  3. 成功確率の高い判断や方法を組織の平均的な人間が活用できるステージ
2. 組織学習から「生成的対話」へ

BCGの組織学習にはコミュニケーションとして「問題解決」というパターンが前提になっているように思います。「問題解決」においては、前提となる枠組みが共有されているので価値観の対立は起きないわけですが、解決するべきテーマは現状の枠組みの中のことであり、あくまで改善といったレベルにすぎないでしょう。

しかしながら、市場や顧客のニーズ、技術、働く人々の価値観などが多様化し、変化が加速している今日、組織も変化なしでは存在し得ない状態になっています。いまや、組織が自律的に環境変化に適応して新しい価値観や世界観、思考方法、知識、技術、行動を獲得する力を持つことが大切です。この組織の学習性が高まるように、自社の状況に合わせてメンバーの意識や主体性を高め、人と人とが相互作用の中でよりよい未来を生み出す場を作っていくような、組織変革能力が求められています。既成の価値観や枠組みと新しいものとの融合を進めていくには、組織のメンバーの感受性が要求されます。

生成的対話による組織の進化のステージ:

  1. 共感的な話し合いが実現するステージ
    1. 互いの中に尊重する雰囲気がうまれ、
    2. そこから各人の謙虚さが生み出され、自分だけが正解ではないという意識が芽生え、
    3. その結果、相手の言っていることを深く聞くようになり、自分の中に根拠を見出せない意見(例えば、常に定性的に物事を考えていた人にとっての定量的な意見。その逆もしかり)でも活かしてみたいと思うようになる。
  2. お互いが意味や経験を共有しながら探究するプロセスが始まるステージ
    1. 参加者の中に多様な気づきがうまれ、
    2. そして、集団が一つの脳を共有するような感覚が醸成されます。

2-2. 例外的現象から事業機会を発見する能力

これは、例外的な現象に潜んでいる顧客の真のニーズと自社の新しい事業機会に着目し、すでに自社で行われていることを本格的に展開する能力のことです。

そのためには、

  1. 例外的現象が起こっていることが判別できるような測定基準や情報システムを設計・構築していること。
  2. 例外的現象を有望な事業機会を導き出す出来事と単なる一時的な出来事とに判別すること。
  3. その例外的現象がなぜ通常よりも威力をはっきしているのか、そのメカニズムを正確に解明すること。

とBCGは説明しています。

2-2-1. 解決志向(ソリューション・フォーカス)で競争優位性を持つ事業機会を発見

上記のようなしくみを作っておくことは望ましいでしょうが、いつもと違った現象に社員が関心をもち、敏感でいられるような環境が大切だと私は考えます。そのための方法として、解決志向(ソリューション・フォーカス)は有効です。

われわれは物事に関してネガティブなことばかり意識が向かいがちですが、そうではなくて、例外的にでもうまく行っていることを見つけることに意識を向けるという世界観を習得するとよいのです。

たとえば、スカンジナビア航空のCEOヤン・カールソンは同社の例として、以下のように語っています。「スカンジナビア航空では、年配旅行者が抱える海外旅行の不安、過敏な胃腸、日射への嫌悪などの予想される問題を解決する手立てとして、系列ホテル内にアパートメントタイプのスイートルームを用意し、接待係には医学の心得のある婦長を配していました。あるとき、退職者クラブから人を招いてその話をしたところ、熟年の市民たちは喜ぶどころか、自分たちはむしろ旅行に胸踊る体験と冒険と浜辺を求めているというのです。結局、当社はその仕組みを取りやめ、熟年顧客層の新しい野心に応えることで成功したのです。」このように、過去の問題ではなく、むしろ、うまくいっていることに意識を向ける考え方を、解決志向(ソリューション・フォーカス)アプローチないしポジティブ・アプローチなどと呼びます。

2-3. 経営能力

2-3-1. 役員の経営能力の問題

主に三つあります。

  1. 事業の長期的なビジョンを描く能力の欠如:

    役員の視野が狭く、将来へのビジョンを持っていないということです。具体的には、自分が関わっている事業のことしか知らない、もしくは学ぼうとしないため、異業種からの参入の脅威や参入そのものに気がつかない、また、周辺業種への事業機会を発見するとか、それを考えることすらしない、あるいは異業種での成功事例を自分が担当している事業に活用しようとする勉強をしていないとのことです。自分が担当している事業の長期的なビジョンを描くベースすらないということです。

  2. 事業戦略の立案能力の欠如:

    若手を育てるという名目で目下の者に作業をさせるばかりで、みずからはもっぱら聞き手に回っていて、自分で作業をしないから具体的な考えを持っていないとのことです。まずは、顧客やサプライヤー、提携企業、業界団体、異業種の経営者に会って事業戦略にとって重要な情報収集をしたり、シンクタンクやコンサルティングファームを呼んだりして、経営に関して深く学んでほしいというのです。また、それらの情報の分析や洞察をベースにして、みずから戦略を立案しないまでも一緒に考えて欲しいとのことです。

  3. 決断力の欠如:

    役員が、情報が十分でないことなどを理由に決断を先送りにして、なかなか決断しないということです。

役員の経営能力を高めるサクセッション・マネジメントシステム(経営者育成システム)

優れたサクセッション・マネジメントシステムを持っているGEとか、IBMなど欧米の多国籍企業のケースを見ると、これは人事の仕組みに関わる問題であり、トップが直接考えるべき問題です。

2-3-2. 事業責任者の経営能力の問題

経営能力とは、事業責任者の場合、ひとつには、経営理念や企業ビジョンを追求し、事業価値最大化に向けた戦略を構築する能力であり、二つには、各部門の機能を統合し、事業全体の最適化を実現する能力だと考えられます。

前者には、情報収集力、ビジョン構築能力、戦略的な発想力、事業意欲、決断力などが必要です。後者には、各部門に関する基本的な知識・スキルに加えて、情と理を踏まえたすぐれたコミュニケーション、交渉力、関係構築力を含めたリーダーシップが求められるでしょう。そして、そのベースには最後の最後は自分が出て行って戦うという心構えをもっていることが大切だと考えます。

2-4. ニーズウォンツ把握力

企業も顧客も認識しているニーズなら、把握するのは簡単です。問題なのは、顧客は認識しているが企業が見落としている顧客ニーズです。 例としては、コピー用紙メーカーが複写機に着目して紙詰まりしにくいコピー用紙を開発したケースがあります。

このようなニーズ・ウオンツ把握力を発揮するには、ミクロとマクロの視点が必要だとされます。

  • ミクロ視点:自社が提供する商品・サービス以外の部分も含めた顧客の嗜好・行動を理解すること
  • マクロ視点:事業全体を鳥瞰的に眺めてみること

企業も顧客も意識していないニーズとしては、ベンツの例があげられます。

ベンツは車を取りに来る新車顧客にシミュレーターでドライビングテストをしてもらい、超高速走行、悪路走行などのさまざまな運転状況を作り出し、そのデータを蓄積することで顧客の潜在ニーズを探り出しているとのことです。

ニーズとウオンツを分けて考える重要性

BCGのいうニーズ・ウオンツ把握力を一歩すすめ、ニーズとウオンツを分けて考えることが大切だと私は考えています。ニーズというのは必要性であり、こうすべきだということですが、ウオンツというのは欲求であり、こうしたいと感じることです。先ほどの例でベンツには乗りたいから欲求が高い製品ですが、乗らなければならないという人は少ないでしょうから、必要性は小さい製品です。ニーズ、ウオンツいずれかが非常に高ければその製品は売れるでしょうが、いずれかが小さい場合、それを高める工夫をすれば売れやすくなります。ベンツであれば、たとえば、安全性が高いとか、再販価格も安定しているということ説明をすればニーズを高めることになり売れやすくなります。

2-5. 迅速対応力

ケイパビリティとしての迅速性

ケイパビリティとしての迅速性が顧客にとって大きな価値であることは言うまでもないでしょう。また、開発のリードタイムの短縮は顧客ニーズにマッチした商品の開発を可能にします。というのも、商品開発は将来のニーズを予測して行うものですが、リードタイムが短ければ、その分、より近い将来を予測すればいいことになります。リードタイムを短縮できれば、他社を意識した発売日に向けての開発スタートを遅らせることができ、その時点で入手可能な最新の情報や技術を取り入れることができます。

タイムベース競争

BCGは、時間をベースにした競争優位ということで、タイムベース競争という考え方を打ち出しています。その内容としては、一つは、絶対的速さであり、先ほどの例では自社のリードタイムを短縮すること、もうひとつは、相対的早さであり、先ほどの例でのリードタイムそのものを他社よりも早くして、他社よりも早く上市することです。

速さのマネジメントとしては、電機や自動車業界において日本企業は開発のプロセスがオーバーラップしているため、米国企業よりも開発のリードタイムが速いことが判明しています。早さのマネジメントとしては、BCGは先発者優位と同様の考え方を打ち出しています。理由としては、参入障壁となること、早期に経験効果が得られること、利用者の生の声が得られること、価格が多少高くとも製品を購入してくれる市場を獲得できること、特許などを押させることで技術的リーダーシップを取れること、切り替えコストの発生を利用できること、希少資源を先取りできることなどをあげています。

タイムベース競争の効果としては、時間の短縮がコスト削減につながることは言うまでもありませんが、それ以外には、第一に、販売上の機会損失が減り、売上げが増えるということです。第二に、利益率を向上させることができる場合があります。たとえば、緊急性の高い出張修理ビジネスですぐに来てくれる場合、他社の数倍の値段であっても、治安の問題などがあれば、顧客は喜んで費用を払っています。第三に、リスクを低減させることもできます。たとえば、ベネトンは、通常の工程を裁断、縫製、染色という工程にすることで、色に関して流行にマッチさせることで売れ残りのリスクを減らしているのです。

 

以上で見てきた「組織学習能力」「例外的現象から事業機会を発見する能力」「事業責任者の経営能力」「ニーズウォンツ把握力」「迅速対応力」の5つのケイパビリティは未だ差別化余地が大きいため、将来重要となる事業領域(戦略ドメイン)を定めた上で計画的に高めていくことが重要です。

まとめ

ケイパビリティとは、企業の組織としてのさまざまな能力を言います。

企業が競争優位を確立するために重要な5つのケイパビリティは、

  • 組織学習能力: 個々の学習成果を組織全体で共有し、仮説検証を繰り返すことで知識を高めます。
  • 例外的現象からの発見: 顧客の真のニーズを見つけ、新たな事業機会を創出します。
  • 経営能力: 長期的ビジョンを持ち、戦略を立案し、部門を統合して事業を最適化します。
  • ニーズウォンツ把握力: 顧客の顕在的・潜在的ニーズを理解し、ミクロとマクロの視点で分析します。
  • 迅速対応力: リードタイムを短縮し、顧客ニーズに迅速に応えることで競争優位を確立します。
これらの能力を戦略的に強化しすることで、企業は変化の激しい環境においても長期的な優位性の構築を図ることができます。


 

参考文献:
ボストンコンサルティンググループ, 1994,『ケイパビリティ・マネジメント: 競争に勝つ組織能力』, プレジデント社
髙橋宏誠, 2010, 『企業価値を高める事業戦略がわかる 戦略経営バイブル』, PHP研究所