戦略人事を実行するためには、人事担当責任者と経営者は同じ言葉でコミュニケーションをとり、企業経営について共通認識を持つ必要があります。...
資源アプローチによる競争戦略
戦略人事を実行するためには、人事担当責任者と経営者は同じ言葉でコミュニケーションをとり、企業経営について共通認識を持つ必要があります。
本コラムでは、以下の4つの重要なキーワードを用いて、「資源アプローチによる競争戦略」を説明します。
- 戦略的資源(企業の競争力に大きく影響するような経営資源)
- ケイパビリティ(組織としてのさまざまな能力)
- 隠れた資産(コアの製品の開発プロセスから派生した顧客の隠れたニーズを満たす無形資産)
- VRIO分析(経営資源が戦略的資源かどうかを分析するフレームワーク)
筆者は、1990年後半から、人事制度を戦略の実現手段として構築できないかという打診や依頼に応え、以来30年近く、「戦略人事」に関わってきました。古くは、日本発の「方針管理」を目標管理に結合するという戦略的方針管理という手法、次に、当時所属していたヘイグループ、現コーンフェリーが提携した会社が推進しているバランスドスコアカード(BSC)という手法を含め、様々な取り組みを実施してきました。現在は、運用負担が大きくなりがちなBSCではなく、顧客企業の事業特性や組織の状況に合わせた方法にて戦略人事の構築を様々な形で支援しています。
目次
1. 資源アプローチによる競争戦略とは
資源アプローチによる競争戦略とは、競争優位をもたらす独自性の高い経営資源を源泉にした競争戦略です。
この戦略を策定するには、自社と競合の間での経営資源の構成の違いから相対的な優位性を見出して活用する必要があり、「相対的優位に基づく戦略」と言うこともできます。
KFSに基づく戦略※が比較的短期間に成果を求めようとするのに対し、この相対的優位に基づく戦略は、中・長期的な観点から競争優位を獲得・維持・発展しようとするものです。
※ KFSに基づく戦略とは、(内的要因を起点にする)資源アプローチと異なり、特定の業界や市場において成功を収めるために重要な要素を特定し、それを基盤に戦略を策定する(外的要因を起点にした)アプローチです。一般的に、短期間で成果を求める傾向があり、マーケットシェアの拡大や売上成長など、目に見える結果を速やかに達成するために用いられます。
1-1. 戦略的資源とは
企業が事業活動に利活用できる資源を経営資源と言い、企業の競争力に大きく影響するような経営資源を戦略的資源と呼びます。
戦略的資源の一般的な分類としては下記4つがあります。
- 1. 物理的資産
- 流通網、工場、顧客や原材料へのアクセスのしやすさなど物理的な資産です。
- 2. 財務的資産
- 豊かなCF、資金調達力、安定した業績など財務的な資産です。
- 3. 人的資源
- 従業員の能力、知識、経験、スキル、モチベーションなど人が発揮する資産です。
- 4. 組織的資産
- 知識資産、ブランド、企業文化、コア・コンピタンス、組織能力などの組織が発揮する資産です。
戦略的資源の詳細は「戦略的資源の4分類」で説明しています。
ここでは、特に模倣されにくい戦略的資源の代表例として組織能力に着目します。
1-2. 組織能力の重要性
組織能力とは、企業が競争に勝ち、他に勝る収益を安定的に得る力のことです。一般的には、生産・開発現場の競争力に直結するものづくりの力や、その競争力を収益に結びづける本社経営陣の戦略構想力をいいます。
組織能力は、コアテクノロジー、組織プロセス、事業システムの3つの分野に分けられます。
- 1. コアテクノロジーに関わる組織能力
- 模倣されないような独自技術は組織能力となります。強みとしたい独自技術の事業領域を決めて育成し、一方でその技術を使って多様な製品を頻繁に開発する戦略があります。
- 2. 組織プロセスに関わる組織能力
- 競合よりも高い品質を少ない工数とコストで実現できる能力です。
- 3. 事業システムに関わる組織能力
- 事業システムとは、資源からお金を生み出す「収益構造」、お金からお金以外の経営資源を生み出す「成長構造」で構成される事業の仕組みです。よって、事業システムに関わる組織能力とは、資源と収益の循環をより効果的に繰り返す能力と言えます。
個々の製品・サービスによってもたらされる競争力は競合他社に模倣されて失うリスクがあるので、持続的な強みを企業に蓄積するためには、組織による学習を意図的、戦略的に実現し、これらの組織能力を高める必要があります。
組織能力の詳細は「持続可能で力強い成長を実現させる組織能力」で説明しています。
2. 経営資源に関する実践的なコンセプト
経営資源に関する実践的なコンセプトには、模倣するには最低でも数年間が必要となる「ケイパビリティ」と、コアの製品・サービスの開発プロセスから派生する「隠れた資産」があります。
2-1. ケイパビリティに基づく戦略
ケイパビリティとはBCGが提唱したコンセプトで、企業の「組織としてのさまざまな能力」をいいます。前述の組織能力とほぼ同義と考えてもよいでしょう。
ケイパビリティの具体例:
開発 | 生産 | マーケティング | 販売 | |
---|---|---|---|---|
主要機能 |
・開発人員 |
・生産ライン数 ・生産能力 |
・製品市場管理能力 | ・直販営業の質 ・営業拠点数 ・営業員数 |
組織 | 意思決定のスピード、情報共有化のレベル | |||
人材 | 問題発見力、目標実現力 | |||
技術 | 特許、システム構築方法論 | |||
財務・経理 | 資金調達能力、製品価格設定力(原価企画等) |
レベル | 例 |
---|---|
スキル | 商品開発力、生産技術、企画力 |
プロセス・ケイパビリティ | 情報システム、業務フロー、コミュニケーション |
プラットフォーム・ケイパビリティ | 企業文化、意思決定システム、業績評価システム |
出典ボストンコンサルティンググループ「ケイパビリティ・マネジメント」プレジデント社から編集
ケイパビリティに基づく戦略とは、戦略の外的側面、すなわち、市場における競争上の地位とそれにもとづく競合優位性に加え、組織の能力としての優位性という戦略の内的側面を統合するという考え方です。
ケイパビリティに基づく戦略では、戦略を支える要素は業務プロセスそのものと考えますので、自社の鍵となる業務プロセスを、優れた価値を顧客に継続的に提供するケイパビリティにいかに変換できるかにかかっていると考えます。
ケイパビリティの詳細は「経営資源の実践的コンセプト:ケイパビリティ」で説明しています。
2-2. 隠れた資産
「隠れた資産」とは、マーサー・マネジメントコンサルティングのエイドリアンJ.スライウオツキー氏が提唱したコンセプトで、コアの製品・サービスを開発するプロセスから派生し、顧客の隠れたニーズを満たす無形資産をいいます。
隠れた資産は1.顧客関係資産、2.戦略的資産、3.ネットワーク資産、4.情報資産に分類できます。
- 1.顧客関係資産
- 顧客関係資産には、到達可能な顧客数、顧客との関わり度合い、顧客やその事業についての深い理解、顧客からの評判が含まれます。顧客獲得に要する時間と費用が新規参入者に比べて少なく、低いコストで顧客へ上質な製品・サービスをより確実に提供でき、プレミア価格の設定が可能です。
- 2.戦略的資産
- バリューチェーンまたは市場におけるポジションの優位性、プラットフォーマーのように情報やサービスをコントロールできる地位が含まれます。周辺市場に参入する際、新興企業や競合他社に比べて、スピードとコストの両面で有利です。
- 3.ネットワーク資産
- ネットワーク資産とは、事業パートナーとの関係、製品の導入実績やユーザー・コミュニティ、そして取引機会(取引の機会が多く巡ってくること)を含みます。
- 4.情報資産
- 独自のノウハウ、内製のITシステムや事業を通じて収集した情報などがあります。
2-3. VRIO分析(競争力ある資源の評価と特定)
ケイパビリティ、隠れた資産にしても、それらが競争力ある資源、すなわち戦略的資源かどうかをいかに評価・特定するかが大切です。そして、その分析方法で有名なのがVRIOというフレームワークです。
VRIOは「Value経済価値」、「Rarity希少性」、「Imitability模倣困難性」、そして「Organization組織」に関する問いによって構成されています。
- Value経済価値
- 経営資源が経済価値を有するかどうかというのは、その経営資源が企業の業績にたいしてどれくらいのインパクトがあるかということです。それは、その企業がそれを保有していなかった場合と比べて、企業のコストを減少させるか、企業の売上げを増大させるかのどちらかです。もし、売上げを増大させず、コストを減少させなければ、その経営資源は価値がないということになります。
- Rarity希少性
- 同じ経営資源が多くの競合企業によって保有されている場合は、どの企業にとっても競争優位の源泉にはなりません。価値があっても広く普及した経営資源は競争均衡の源泉にしかなりませんが、価値があり、かつ希少性があれば、少なくとも一時的には競争優位の源泉となりえます。
- Imitability模倣困難性
- 価値があり、かつ希少な経営資源は競争優位の源泉となりえます。さらに、価値があり希少な経営資源が持続可能な競争優位の源泉となりうるのは、それを保有しない企業がそれらの経営資源を獲得するのにコストがかかる場合です。
- Organization組織
- 競争優位を実現するためには、その企業が経営資源を十分に活用できるように組織されていなければなりません。したがって、自社が保有する経営資源がその戦略的なポテンシャルをフルに発揮できるようなしくみがあるか ということが問題となります。「組織」の主な要素としては、命令・報告系統、業績管理システム、報酬制度などがあります。
競争優位構築の考え方
企業は、原則として自社資源をフル活用することで、これら資源を生かせる市場において競争優位を確立する、あるいは周辺市場に参入することで資源の価値を向上させることを目標とするべきです。だとすれば、戦略を効果的に実行するためには自社の事業をたえず再定義することは欠かせないでしょう。戦略立案者は、自社資源はどの市場に適応しうるのか、その範囲についてたえず見直しをする必要があるのです。
また、個々の資源はそれぞれ特性が違い、汎用性が極めて高いもの(設備、事業経営のスキルなど)から特殊なもの(特定の領域での専門性、製法など)まで多岐にわたります。特殊な資源は競争優位を維持する上で決定的な役割を果たすことが多い反面、環境が変わると価値が下がってしまいます。一方、汎用性の高い資源はさまざまな市場に応用できるが、競争優位の源泉となることはあまりないのです。
相対的優位に基づく競争戦略における時間軸は長期間が想定されていますから、資源は、戦略的資源として把握した後は、汎用性と特殊性そして競争力の大小という二つの軸で整理して、いつでも活用できるよう、定期的にモニタリングする(資源のポートフォリオマネジメント)ことが望ましいといえます。
まとめ
資源アプローチによる競争戦略とは、競争優位をもたらす独自性の高い経営資源を源泉にした競争戦略です。
企業の競争力に大きく影響する経営資源を戦略的資源と呼びます。
組織能力とは、企業が競争に勝ち、他に勝る収益を安定的に得る力(戦略的資源)です。
経営資源の実践的なコンセプトには、模倣するには最低でも数年間が必要となる「ケイパビリティ」と、コアの製品・サービスの開発プロセスから派生する「隠れた資産」があります。
VRIO分析は、経営資源が戦略的資源かどうかを分析するフレームワークです。
参考文献:
ボストンコンサルティンググループ, 1994,『ケイパビリティ・マネジメント: 競争に勝つ組織能力』, プレジデント社
髙橋宏誠, 2010, 『企業価値を高める事業戦略がわかる 戦略経営バイブル』, PHP研究所