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戦略定石―製品市場戦略編

戦略人事を実行するためには、人事担当責任者と経営者は同じ言葉でコミュニケーションをとり、企業経営について共通認識を持つ必要があります。
本コラムでは、人事担当責任者が経営者と共有すべきキーワードを使って、製品市場戦略の定石※を説明します。

※ 戦略定石とは、戦略立案のよりどころとなる基本的な考えとも言ってよく、囲碁や将棋の定石と同じと考えてもらっていいと思います。知らなくては勝てないが、定石どおりで必ずしも勝てるとも限りません。とはいえ定石があるような状況では、まずはその定石の適用を考え、次にその定石を破った打ち手を考えてみるという順序が大切になります。
戦略定石を知らないとどうなるでしょうか。人事担当者が自社の戦略が立案された背景を正確に理解できず、戦略実行手段としては不十分な人事戦略や人事制度を策定してしまうことにもつながりかねません。

筆者は、1990年後半から、人事制度を戦略の実現手段として構築できないかという打診や依頼に応え、以来30年近く、「戦略人事」に関わってきました。古くは、日本発の「方針管理」を目標管理に結合するという戦略的方針管理という手法、次に、当時所属していたヘイグループ、現コーンフェリーが提携した会社が推進しているバランスドスコアカード(BSC)という手法を含め、様々な取り組みを実施してきました。現在は、運用負担が大きくなりがちなBSCではなく、顧客企業の事業特性や組織の状況に合わせた方法にて戦略人事の構築を様々な形で支援しています。

1. そもそも事業戦略とは

Rear view of businesswoman looking at business marketing strategy

事業戦略とは「各事業の方向性を示すもの」であり、「製品市場戦略」と「競争戦略」の2つの側面を含みます。

製品市場戦略は「現有する製品および市場でもって収益を最大化するための戦略」であり、競争戦略は「主たる競合に打ち勝つための戦略」です。

事業戦略の目標(売上や営業利益、中期的にはROEや事業価値/株主価値など)を設定する際は、これら製品市場戦略と競争戦略をセットで考えることで、効果的かつ実現可能性の高いものを設定できるのです。

本コラムでは上記のうち、製品市場戦略の定石を説明します。
(競争戦略に興味がある方は「戦略定石―競争戦略編」をご覧ください)

覚えておくべきキーワードは下記の4つです。

  1. コア事業(企業理念やビジョンの達成に不可欠な経営資源の組み合わせ)
  2. 製品・市場ポートフォリオ(どの製品をどの市場にどの程度投入するかを可視化するフレームワーク)
  3. BCGのポートフォリオ(「問題児」「スター」「負け犬」「金のなる木」の4象限からなる製品ポートフォリオ管理)
  4. 選択と集中の戦略(製品・市場での競合との差別化を資源配分という観点からより一層強化する戦略)

2. 製品市場戦略とは

製品市場戦略は、現有する製品および市場でもって収益を最大化するための戦略であり、下記3つの意思決定が求められます。

  1. どの製品をどの市場にどの程度投入するか(製品・市場ポートフォリオ)の決定
  2. 投資水準の決定
  3. (複数事業を営んでいる場合は)複数事業間での資源配分方法の決定

2-1. 製品市場戦略における原則

市場を新たに開発する場合、あるいは多角化する場合、大規模な投資と高いリスクが伴います。
一方、すでに押さえている市場に新しい製品を提供するには、中規模の投資と小リスクで済みます。
よって、原則としては現有製品&現有市場で最大限のポテンシャルを引き出し、コア事業をとことんやることが大切です。

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本コラムでは、コア事業に関する戦略のみを扱います。
なぜコア事業が重要なのか、コア事業を今以上に強化する余地があるかを見極める方法について説明します。

2-2. コア事業とは

2-2-1. コア事業の定義

まず、自社のコア事業がどれかを見極めるには、次の5つの経営資源に着目することが重要です。

  1. 自社に高い収益性をもたらす顧客グループ
  2. 自社に不可欠な製品・サービス
  3. 自社にとって重要なチャネル
  4. 自社における最大の差別化要因
  5. 前記4つを支える重要な能力や資産(技術、特許、ブランド、ネットワーク拠点など)

その上で、コア事業とは「企業理念やビジョンの達成に不可欠な、顧客、製品・サービス、チャネル、差別化要因、とそれを支える能力や資産の組み合わせ」と定義します。

2-2-2. コア事業の重要性

日本企業でも選択と集中という言葉が使用されるようになりましたが、この言葉はどれだけ強調しても足りないほどです。古来、孫子は「十を持ってその一を攻める」、クラウゼビッツの戦争論でも「戦力は一箇所に集結させて置くことが基本である。そして、その禁を破って部隊を分割させるには相応の理由が必要である」と言っています。

戦略コンサルティングファームのベイン・アンド・カンパニーの調査では以下のことが明らかになっています。

  • 持続的に価値を生み出している企業の多くは、強固なコア事業を1つか2つだけ持っている。
  • プライベート・エクイティ・ファンドの典型的な勝ちパターンは、複数事業を展開しているコングロマリット事業から優先順位が低くなっている1事業を買い取り、その事業に経営資源を集中投下して企業価値を高めるという手法である。
  • 事業のスピンオフは通常、当該事業への資源集中を通じて事業価値向上をもたらす。

私のコンサルティング経験からも、企業の収益性向上という視点からもコア事業は最も重要です。
収益構造の変革が必要になった経緯をみると、ほとんどの場合、経営資源を分散させてしまっていることが多いからです。
自社の商品・サービス、営業マンの数や質、資金力といった個々の要素が競合他社や業界大手と比較して劣っているにもかかわらず、さまざまなことに手を広げてしまっているのです。

コア事業は、それに資源を集中するだけで高収益化に成功する確率が最も高いものです。
経済産業省が配布した「製造業のめぐる現状と課題 今後の政策の方向性」(2024年5月)でも、日本企業は多角化度が増すほど収益性が下がる傾向にあると述べられています。

2-2-3. コア事業へフォーカスできない主な理由

コア事業への集中の重要性はたいていの経営幹部は理解しています。それでも、ほとんどの企業がコア事業にフォーカスできないのはなぜでしょうか。そうならないためにも、理由を理解しておくことは重要です。

成長という言葉の罠
製品ラインの拡大やシナジーと呼ばれるものは拡大のプロセスであり、成長を目指すための本能的衝動です。成長のための成長を目指し始めると、企業は重大なミスを犯すようになります。ここでは、日本企業の具体名は差し控えますが、米国でよく言われる失敗例としては、GM、Kマートがあります。
エントロピーの法則
物理学ではフォーカスを失うことをエントロピーの増大と呼びますが、エントロピーの法則によれば、閉じられたシステムの中では、時間の経過とともにエントロピーが増大します。たとえば、部屋を整理整頓しても1ヶ月後にまた散らかっているのは、エントロピーが働いているのであり、自然の基本法則のひとつです。コア事業にフォーカスするというのは意識的に努力をしない限り難しいことなのです。
製品・サービスのラインの拡大

困ったことに多くの企業はわざわざフォーカスを失う努力をしています。典型的な例は製品・サービスのラインの拡大です。

企業がライン拡大に向かってしまう6つのパターン
1. 販売・流通 「この販路を利用して他にも何か売れるのではないか」と考え、必要以上に製品ラインを拡張してしまうことがあります。
2. 製造 「工場の製造効率を上げられないか」と考え、必要以上に製造ラインを拡大してしまうことがあります。
3. マーケティング 消費財で成功している企業は、他のマーケットでも自分たちの手法が通用すると思いがちです。P&Gがシトラス・ヒルというオレンジジュースのブランドで失敗したことは有名です。
4. 顧客ライフサイクル 顧客の年齢が自社商品のターゲット層を超えた後も「その顧客を逃すまい」と考えがちです。
5. 地理的拡大 日本企業は事業の多角化より、海外進出による地域多角化によって収益性が下がる傾向にあります。
6. 価格設定 自社製品の価格が高いと言う顧客がいるからと廉価版の導入を考えてしまう企業もあります。

商品ラインを拡大して成功したという企業もありますが、よく分析してみると、その成長のほとんどがインフレ分を超えていないとされます。どの業界でも市場シェアトップのブランドはライン拡大を行っていません。要は、安易に商品ラインを拡大する戦略は収益性を悪化させる恐れがあるということです。

2-3. 製品・市場ポートフォリオとは

コア事業(つまり、一つの戦略的事業単位※を構成する製品・市場というミクロなレベル)でどのように製品展開するかを考える際、役に立つのが製品・市場ポートフォリオというフレームワークです。

戦略的事業単位とは、戦略立案・実行するために作られた事業単位です。
戦略立案において重要なのは、A事業部、B事業部、C事業部のような現状の組織形態にとらわれた見方をしないことであり、戦略的事業単位はまさに戦略実行の有効性を考えて作られた(現状の事業区分とは異なる)事業区分になります。
詳細は「戦略的事業単位とは」を参照してください。

製品・市場ポートフォリオとは、製品および市場の2軸から作られる製品・市場マトリクスにおいて自社がどの製品をどの市場にどの程度投入するかを可視化するものです。図2は、ひとつの事業が、製品X,Y,Z,Wと初心者、女性、中級者、上級者という顧客市場の掛け合わせとなっており、たとえばXという製品を女性という市場にどれくらい投入するのが妥当かを検討する際に利用します。

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2-3-1. 製品・市場ポートフォリオの重要性

なぜ、製品・市場ポートフォリオという見方が重要なのでしょうか。たとえば、製品数の絞込みを実行した企業の中には期待したほどの利益率の向上が得られず、製品数を元のレベルに戻したりしています。製品数の絞込みは一見有効にみえるものの、やり方によっては収益性をそこなう場合があるのです。

具体的には、製品別の利益率が正しく把握されていなかったり、赤字製品であっても固定費の回収に貢献していたり、品揃えそのものがその事業の成功要因であったりすることもあります。つまり、短期的な利益率の向上を目指して製品一点一点を見直すよりも、製品・市場ポートフォリオというフレームの下で全体をとらえ、ゼロベースで見直すことが大事なのです。そのほうが最終的に長期的な高収益に結びつくのです。

2-3-2. 製品・市場ポートフォリオの変更

製品のセグメンテーション、あるいはターゲティングを変更した場合は、製品・市場ポートフォリオも変更する必要があります。

セグメンテーション

セグメンテーション変更のポイントは3つあります。

ポイント1. 現状の的確な把握
生情報をベースとして、現在の市場ニーズ・ウオンツと自社製品の乖離度合いを的確に把握することです。
ポイント2. 実行可能性
セグメンテーションが実際の行動につながるためには、3つの条件が必要です。
  1. セグメントを具体的に特定できること。分類の軸が感覚的であったり、抽象的だとセグメントを特定できません。
  2. セグメントに実際にアプローチできること。都会派と田舎派というような感性による軸だと現実には働きかけようがありません。
  3. セグメントごとに効果的な打ち手があること。セグメントを分けても、分けたセグメントへの打ち手が同じになってしまうのでは意味がありません。
ポイント3. 経済性
つまり利益とコストの視点です。利益の視点というのは、セグメンテーションをした際、ターゲットとすべきセグメントが儲かるかどうか、そもそも最低限の規模があるかどうかということです。コストの視点というのは、セグメントごとに打ち手が違ってくるはずで、顧客獲得のためのコストも違ってくるので、それを確認するということです。
ターゲティング

ターゲティングは重要であるにもかかわらず、マーケティングの書籍であまり詳しく触れられていないので説明しておきます。ここでターゲティングとは、自社の製品をどの市場に投入するかという意味では、製品の市場展開の方向性といってよいでしょう。大きく分けると、特定の市場セグメントを重視する考え方(市場特定化)と、特定の製品を重視する考え方(製品特定化)の二つがあります。

市場特定化
市場対応のためのコスト(具体的にはブランド、販売網、製品イメージ、企業の知名度などのインフラ構築・維持にかかるコスト)が相対的に高い場合、自社にとって適合性が高く、市場の魅力度が高いセグメントを選んで特化し、そこにできるだけ多くの製品を投入する考え方です。ブランド衣料や女性向けの装身具などの事業はこの戦略が適切です。法人向け事業では、製品・サービスがシステムとなっていて、メンテナンス、補償、アフターサービス、ソフト提供など技術の同一性が高いとはいえない顧客ニーズが次々と喚起され、取引関係の中で知りえた顧客にかかわる情報がその解決を容易にすることが想定される場合です。
製品特定化
市場対応のためのコストと製品開発・生産のコストを比べた場合、後者が相対的に大きい場合は限定された製品をできるだけ多くの市場セグメントに供給し、それにより製品開発・生産にかかった固定費を回収するという考え方です。生産財のメーカーのほとんどがこの戦略に妥当するでしょう。
その他

市場の全面カバー
これは市場全体を複数の製品でカバーすることにより相乗効果が得られる場合で、規模の大きい消費財メーカーが採用可能な方策です。

単一集中化
特定の製品・市場に特化するという場合です。スポーツ・レジャー産業向け先端素材とか、医療機器メーカーなどが該当するでしょう。

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製品ポートフォリオあるいは市場ポートフォリオの変更

セグメンテーションの見直しやターゲティング(製品の市場展開の方向性)の次のステップとして、製品ポートフォリオあるいは市場ポートフォリオそのものを見直すことによって収益を向上できないかを検討します。たとえば、ある事業単位における製品ポートフォリオの変更が収益向上に結びつくかを検討するには、以下のような分析をします。

製品ポートフォリオ変更の際に分析すべき影響ファクターと収益の関係
収益向上への影響ファクター 収益小 収益大
製品の種類、ブランド数 ※1 放置 絞る
製品ポジショニング ※2 成り行き 意図的
製品別利益管理 甘い 強化
製品ポートフォリオ管理 放置 実施
製品・ブランド整理基準 設けず 明確化
低収益製品への依存 ※3 大きい 少ない
製品別営業評価の利益重視 無視 強化
・・・ ・・・ ・・・

※1 製品の種類、ブランド数は売り上げの増大速度、あるいは競合他社と比べて多くないか

※2 個々の製品がターゲットとする顧客のニーズは明確に意識されているか

※3 低収益の製品を維持している理由には合理性があるか

「製品」を、必要に応じて「市場(顧客業界)」「販売チャネル」「地域」などに置き換えて同じように検討します。

2-4. 製品ポートフォリオ管理とは

資源配分という観点からもてはやされたのが製品ポートフォリオ管理(以下、PPM)です。あらためて説明するまでもないほど有名ですが、触れずにいかないのはその限界について伝えておく必要があるからです。

2-4-1. BCGのグロース・シェアマトリックス

PPMで一番有名なフレームワークはBCG(Boston Consulting Group)が開発したグロース・シェアマトリックス(以下BCGのポートフォリオ)です。これは、図5のように縦軸に市場成長率、横軸に相対的なマーケットシェアをとったフレームワークです。 

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BCGのポートフォリオは、「問題児」「スター」「負け犬」「金のなる木」の4象限からなっています。

問題児
市場の成長率が高く、相対的マーケットシェアが低い場合です。この製品はキャッシュの流入を上回る投資を必要としており、いずれスターに成長するか、負け犬に落ちるかのどちらかです。
スター
高成長市場で、相対的に高いマーケットシェアを占めている製品をいいます。キャッシュの流入は大きいが、成長のための資金需要も大きいのです。
負け犬
市場の成長率も相対的マーケットシェアも低い製品です。現金の流入も少なく、持ち出しになっていることが大きいのです。
金のなる木
成長率の低い市場で相対的に高いシェアを占めている製品であり、シェアの維持に必要な再投資分を上回るキャッシュ流入をもたらします。他の製品の資金源となります。

2-4-2. BCGのポートフォリオの限界

BCGのポートフォリオは、事業ポートフォリオのマネジメントにはもちろん、製品ポートフォリオのマネジメントにもあまり使われなくなっており、それには以下のような理由があります。

CFの動きとの関係
BCGのポートフォリオの背景には、「資金需要は製品の成長性により決まり、資金創出力は市場における競争上の地位によって決まる。この資金需要と資金の創出力をにらみ、成長性と収益性のバランスをコントロールしながら、事業を望ましい方向に導いていくのが事業責任者の役割である。」といった考え方があります。したがって、CFの動きを意識しないでこのポートフォリオを使うのでは効果も半減してしまいます。
製品ポートフォリオ管理が適切でない事業
一般論としては、市場成長率が高ければ資金需要が大きいということになりますが、資本集約度が低い事業には当てはまりません。また、成長率が低い中でシェアが高ければCFが大きくなるというのは、規模の経済と経験効果により製品の単位コストが低くなることが前提となっていますが、シェア以外の要因のコストや利益に及ぼす影響が高い事業には当てはまりません。たとえば、多数乱戦業界※のように、資本集約度が低く、規模の経済や経験効果が小さい、あるいはシェア以外の要因のコストに及ぼす影響が高い事業の場合、BCGのポートフォリオは有効ではありません。市場が成長していた時代なら適用できても、ほとんどの市場が成熟化している現代では、あまり適さないということです。
製品間の相乗効果が大きい場合
この場合にも、製品ポートフォリオ管理は不適切です。最近の製品は、単体よりもシステム製品のように、有形・無形の関係性が高い製品(グループ)が増えてきており、各製品間の共通資源の割合が大きい場合は、製品ポートフォリオ管理はあまり意味を成しません。

米国のマネジメントシンクタンクであるコーポレート・エグゼクティブ・ボードの調査では、フォーチュン500社の多くを占める多国籍企業では古典的なPPMはほとんど使われておらず、整理のためのチャートとして使われているということでした。

2-5. 製品ポートフォリオ管理から選択と集中の戦略へ

ポートフォリオ管理の考え方の背景は資源配分ですが、資源配分をさらに徹底させるという考え方として「選択と集中」が言われるようになってきました。選択と集中の戦略は、製品・市場での競合との差別化を資源配分という観点からより一層強化するものであり、これまで製品市場戦略と競争戦略と二つの側面に分けて考えていたものを、ある意味で統合的に考える事業戦略といえます。

では、事業をどのように絞り込むのでしょうか。大きく分けると5つ切り口があります。

  1. 顧客セグメント
  2. 製品・サービス
  3. 販売チャネル
  4. 販売地域
  5. 事業における機能(バリューチェーン)

2-5-1. 顧客セグメントの選択と集中

ターゲットとする顧客セグメントを絞り込むことが重要です。筆者の経験では、セグメンテーション自体はなされていても、重要なセグメントに絞り込むこと自体はあまりなされていません。絞込むためには、顧客セグメント別に収益性を分析します。そして、顧客セグメントの顧客満足度が十分に高い状況になって初めて以下の検討に進みます。

  • 現在の顧客セグメントのサブセグメンテーション
  • まだ十分に深耕されていない顧客セグメントの分析
  • 新しい顧客セグメントの開拓

絞り込んだ顧客セグメントは、「製品・サービス」「販売チャネル」「販売地域の選択」「自社のコアとなるバリューチェーン」とも密接なつながりがあるかどうかを確認する必要があります。

2-5-2. 製品・サービスの選択と集中

製品・サービスが提供できる便益には基本的には5つのレベルがあります。

かつての携帯電話を例に取ると、

レベル1:中核ベネフィット
通話サービスの携帯端末での提供
レベル2:基本製品・サービス
通話サービスを提供する携帯電話
レベル3:期待製品・サービス
通話の安定性や経済性およびメールサービスが付加された携帯電話
レベル4:膨張製品・サービス
カメラ・テレビ電話機能付きの携帯電話
レベル5:潜在製品・サービス
高速データ通信、仮想マネー決済機能付きの携帯電話

このうち、レベル4である膨張製品・サービスのレベルが消費者の基本的な期待を上回るレベルであり、今日の競争はこのレベルでの競争になっています。また、前述のように製品・サービスラインの長さ(提供するアイテム数の多さ)は自然と長くなってしまうので、必要に応じて製品・サービスラインの絞込み※が必要となります。

※ 製品・サービスラインの絞込みとは、製品・サービスライン群ごとに収益性分析を行い、利益貢献度が高くてライフサイクルの長い製品を厳選し、不採算アイテムなどを生産中止にすることです。これにより、製品開発に加えて、広告宣伝などの販売推進なども含めて主要製品ラインへの集中につながります。

2-5-3. 販売チャネルの選択と集中

コア事業の強みを最も生かすことのできる販売チャネルに経営資源を集中します。
販売チャネルの形態としては、図6のように4種類ほどあります。販売チャネル毎の収益性・CF分析を実施し、どの販売チャネルが最も利益貢献度が高いのかを判断すべきです。

Screenshot 2024-09-23 at 23.54.11選択した販売チャネルがコア事業の製品・サービスに最も有効かどうかを確認すべきということは言うまでもありません。

2-5-4. 販売地域の選択と集中

販売地域の考え方
国内市場のシェアが十分高いか、あるいは国内市場が完全に飽和状態の場合には海外進出を検討します。
国内というコア事業を強化する余地

コーポレート・エグゼクティブ・ボードの調査によれば、過去半世紀における、フォーチュン100とフォーチュン・グローバル100にランキングされた企業500社の9割が「成長の壁」を経験していました。その減収を招く原因のうち、不可抗力の要因は13%、対処可能な要因87%のうち、戦略的な要因は70%で、その1番目の要因は前述の「成功の罠」、2番目の要因がイノベーションの失敗、そして、3番目の要因が成長余力を残したコア事業の見切りであり、全体の10%もあることが判明しています。

コア事業にあっさり見切りをつけてしまう事例に共通している点は二つです。一つは、コア市場が飽和状態になると、より競争の少ない領域に進出する潮時だと考えてしまうのです。もう一つは、コア事業において一見克服できそうもない問題が持ち上がって経営陣があっけなく降参する場合です。調査によれば、コア事業をあきらめた会社は悲惨な状況に陥っている場合が多いとのことです。コア事業の発展が一見限界に見えても、まだまだ成長機会が残っている可能性があるということです。

従って、海外国内市場の掘り起こしとシェア拡大は慎重に行います。販売地域ごとの収益性の分析を行い、コアとなる販売地域について競合との開きがどれくらいあるのか、市場が十分掘り起こされているのかを検討し、その上で、地域ナンバーワン戦略を採用します。

地域ナンバーワン戦略とは、限定された販売地域に経営資源を集中させることで、業界大手との競争に打ち勝とうという戦略です。販売地域を限定することで、物流の効率化、管理・雇用の一本化による効率化、広告宣伝の効率化なども可能となります。具体的な考え方についてはランチェスター法則が活用されます。ランチェスター戦略は販売ないしマーケティング戦略なので、通常、事業戦略の実行計画で検討されます。

海外進出

海外市場への進出がコア事業の防御となることもあります。海外進出の方法は下記の順番でリスクとリターンが高くなります。

(1)商社経由の間接輸出  (2)直接輸出  (3)ライセンス供与 (4)JV(Joint Venture) (5)直接投資

2-5-5. 事業における機能(バリューチェーン)の選択と集中

これは、事業を構成する機能の中でいずれか強い機能を明確にし、経営資源を集中する一方で、弱い機能についてはアウトソーシングやアライアンスなどによって外部に出してしまうということです。たとえば、医薬品は一度上市されると、製造を中止するには厚生労働省の許可が必要であり、効果がかなり類似している製品がない限り製造中止できません。そこで、製薬業界では、収益性の小さい製品については製造機能をアウトソースすることによってコストを下げるというやり方をしています。

以上が製品市場戦略の定石になります。
なお、戦略定石を踏まえて立案した戦略を確実に遂行するには、組織の活力の強化も重要であり、それは人事部門の活躍どころです。

まとめ

事業戦略には「製品市場戦略」と「競争戦略」の二つの側面があります。

製品市場戦略の原則は、現有製品&現有市場で最大限のポテンシャルを引き出し、コア事業をとことんやることです。

コア事業とは「企業理念やビジョンの達成に不可欠な、顧客、製品・サービス、チャネル、差別化要因、とそれを支える能力や資産の組み合わせ」であり、企業の収益性向上という視点からコア事業は最も重要です。
コア事業は、それに資源を集中するだけで高収益化に成功する確率が最も高いものです。

長期的に見ると、短期的な利益率の向上を目指して製品一点一点を見直すよりも、製品・市場ポートフォリオというフレームの下で全体をとらえ、ゼロベースで見直す方が高収益に結びつきます。

選択と集中の戦略は、製品・市場での競合との差別化を資源配分という観点からより一層強化するものであり、これまで製品市場戦略と競争戦略と二つの側面に分けて考えていたものを、ある意味で統合的に考える事業戦略といえます。

戦略定石を踏まえて立案した戦略を確実に遂行するには、組織の活力の強化も重要であり、それは人事部門の活躍どころです。

 

参考文献:
経済産業省, 2024,「製造業のめぐる現状と課題 今後の政策の方向性」
カール・フォン・クラウゼヴィッツほか, 1968,『戦争論 上』, 岩波文庫
髙橋宏誠, 2010, 『企業価値を高める事業戦略がわかる 戦略経営バイブル』, PHP研究所